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川瀬治哉(Bad Nauheim, Germany)

川瀬治哉(Bad Nauheim, Germany)

Max Planck Institute of Heart and Lung Research

2018年06月11日

【テーマ】2018-2019

迷いながらの選択

皆様はじめまして。ドイツからのレポーターを努めさせていただきます川瀬治哉と申します。2018年4月よりMax Planck Institute for Heart and Lung Researchに研究留学しています。

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今回は、留学までの道のりについてお話させていただきます。

 

私の場合は、留学に際して明確なビジョンや目的意識がもともとあったわけではありません。非常に迷いながら、最終的には「知らない世界を探求する」という自らの好奇心の一対象として留学を選択しました。その点においては、まっすぐにキャリアを積み重ねられている歴代のレポーターの先生方とは少し異なるかもしれません。

 

私は高校生の時に観た「コンタクト」という地球外知的生命体と人類の接触を描いた映画に衝撃を受け、将来は宇宙飛行士になってこの全く未知なる宇宙を見てみたい、と真剣に考えていました。受験は航空宇宙工学科を持つ東大の理一を志望していましたが、ある日父に言われた一言で、医学部を目指すことになります。それは、「医学を含めてどの分野のサイエンスも宇宙科学とリンクできる。短絡的に宇宙のことを捉えるのではなく、それぞれの分野の本質を考えて道を選びなさい」というものでした。意図を含んだ発言だったのだと思いますが、当時妙に納得して視界が開けたのを覚えています。

 

平成18年に名古屋大学を卒業後、近隣の三次救急病院で忙しい研修生活を送る中、その俊敏な判断や処置が命に直結する様に魅了されて循環器内科を選択しました。PCIやEVTなどの手技的要素に醍醐味ややりがいを存分に感じる一方で、その頃にはJAXA(宇宙航空研究開発機構)による国内の宇宙飛行士の募集が終了していたこともあり、宇宙飛行士への思いは少しずつ薄らいでいきました。それでも、今自分のいる分野でサイエンスを体験したい、という気持ちはずっとあったため、卒後8年目で大学院生として帰局し心不全に関する基礎研究に従事しました。

基礎研究は全てが真新しく刺激的であり、循環器学に対する自分の視野や理解を大きく広げてくれました。もっと突き詰めてやってみたい、と思うこともありました。それと同時に、研究に纏わる辛い側面も多々知るようになります。それは、何時間、場合によっては何日もかけて実験しても失敗に終わったりする徒労感からはじまり、自分がやっていることは本当に誰かの役に立つのだろうかという虚無感、また、時として文献等のポジティブデータに対する疑惑にも及びます。

 

私は大学院4年目の2016年春、光栄にも医局の教官の先生から、大学院卒業後に留学してみないかと現在の施設を提案していだだきました。新しい世界に心惹かれつつも、時を同じくして、上記のような研究に対するマイナスの気持ちが強くなっていたこと、また自分が非常に満足できる関連病院への人事が決まりかけていたことから、大いに迷い悩みました。私は、留学に関する本やインターネットの情報を読み漁り、自分の考えを深めようとしました。留学はいい、留学はすべきだ、という一本調子が少なくない中で、異彩を放つ一冊の本に出会いました。

島岡要著 医歯薬出版 「優雅な留学が最高の復讐である 若者に留学を勧める大人に知ってほしい大切なこと」

「留学はするな」という章から始まる本著では、幅広い書籍を引用しながら多角的・客観的な視点で「留学」が考察されています。「悩んだ末に押し切られるように留学の選択をせよ」「リスクを恐れて周りと同じ行動をすることはリスクが高い」など感銘を受ける箇所が多くあり、読み物としても非常に面白いです。

また、SUNRISEレポーターの先生方の記事も隅々まで何度も読みました。苦労体験が惜しげもなく記されているのが大変参考になりました。そしてそれを乗り越えて前進する先生方の姿には大いに刺激をもらいました。

あとこれは蛇足ですが、当時ちょうど行われていたリオデジャネイロ五輪で、4連覇のかかった吉田沙保里選手が決勝で敗れた姿を見て、失敗を恐れず挑戦し続けるその美しさに大変感動し勇気をもらったことを覚えています。感受性が高まっている時にはふとしたところでシンクロが起こるものです。

最終的には、これまでお世話になった尊敬する先輩の先生方に色々相談したりする中で、やはりこのチャンスは逃してはなるまい、失敗しても構わない、未知の世界に飛び込んでみよう、と思うようになりました。

 

同年11月に現地の面接に赴きました。研究所は近代的な建築で、国際色豊かな研究員が集まり活気ある雰囲気が漂っていました。隣接するKerckhoff Klinikはドイツ有数の心臓専門病院であり、臨床現場にもアクセスできることがわかりました。そして、直属のボスになるStefan Offermanns教授はとても紳士的であり、ここで仕事をしたい、と強く感じました。面接は、朝からOffermanns教授との面談〜ランチ、午後はセミナーで自らプレゼン、研究員数名と個別に30分ずつ面談、そして教授陣とディナー、という一日がかりの壮大なものでしたが、無事に博士研究員としての採用決定に至りました。

 

ドイツは渡航前のビザ申請は不要であるため、約1年の準備期間は主に助成金申請に費やしました。UMINの情報(https://center6.umin.ac.jp/cgi-open-bin/josei/select/index.cgi?serv=jlist&func=search&nendo=now&order=end_date)を参考に条件の合うもの全てに、また大量の英語書類を要するドイツのフンボルト財団にも申請しました。現地での生活に直結するこの過程は、本当にどれか一つでも採択されるだろうかという不安との戦いで辛いものがありましたが、幸い臨床薬理研究振興財団から2年の助成金を得ることができました。各助成金は締切が春〜冬に順々に訪れますが、年齢、PhDの有無、研究内容(臨床留学でも切り口次第で応募できるものは多数あります)、推薦書の有無、など条件が細かく規定されているので、事前によく調べておく必要があります。また自分で読み返しても、締切が後の方の申請書の方が質が上がっているのがわかり、時間をかけて何度も推敲するべきと言えるでしょう。

 

次回は留学先についてご紹介したいと思います。