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from Overseas

黒田俊介(Shunsuke KURODA, Cleveland, US)

黒田俊介(Shunsuke KURODA, Cleveland, US)

Cleveland Clinic Foundation
Research fellow

2019年06月11日

【テーマ】2019-2020

ただの循環器内科医はアメリカで何を得られるか

<誰がこのレポートを参考にするのか>

本年のレポーターを務める医師12年目の黒田俊介と申します。

表題は自分自身への問いかけであり、期待と不安の入り混じった現在の心境を表しています。 さて、このレポートを一体誰に向けるべきなのかを考えると、自分自身、今日に至るまで情報を集め、自らを奮い立たせるために、SUNRISEの先人のレポートを何度も読み返してきたので、これから留学を考えている循環器内科の若手の先生の参考になれれば幸いです。

「俺の可能性は無限大だ」と感じている方は、僕のレポートを読む価値はないでしょう。ただちにブラウザの「×」ボタンを押してください。ただ、多くの若い先生方の中には、自分の可能性に疑問を持っている方も多いのではないかと思います。僕もそんな一人です。海外留学を考える上で、僕自身様々な情報に触れましたが、その多くは、帰国してからも活躍されている先生の著書や一部のブログ、そして身近にいる先輩の体験談などに依存しています。基本的に猜疑的な僕は「留学経験の体験談が鮮やかにみえるのは、その人がもともと優秀であっただけかも」と考えてしまうわけです。

では、僕自身はどうなのかというと、回りくどくなりますが、簡単に略歴を。 東京都内の小中高は公立の学校を卒業しました。正直、いつの時代も自分より頭が切れると思う人間がおり、大学卒業時の成績自体も中の上もしくは上の下といったところでした。ついでに言うと僕は語学に自信がありません(半年前の初TOEFL iBTのスコアは7●でした)。さらに作文も苦手です。コミュニケーション能力も決して高いほうではありません(もともとは、大勢の飲み会などの席では、比較的おとなしくなってしまうタイプの人間です)。 大学の医局に所属し、市中病院をいくつか回った後に、2014年から現在の亀田総合病院にて勤務していますが、専門分野と考えている(微妙な言い回しなのは、これから説明します)のは不整脈の分野であり、カテーテルアブレーションを400例程度、植込みデバイスは100例程度経験しているので、それなりかなと思います。こうしてみると、特徴がない… 敢えていえば、小さいころから何かを調べたりすることは好きでした。 つまり、これから1年間にレポートする内容は、 P: 取り立てて目立った業績のない医師12年目の循環器内科医が、E:海外留学を経験することで、O:予後はどうだったか。 という前向きの観察研究になります。この観察研究の結果に最も興味をもっているのは僕自身なのですが、これからのキャリアを検討している先生方は、この背景を差し引いて、参考にしていだければと思います。

<自分はなぜ留学を目指したのか >

3年目のころ、僕は循環器内科医としての船出を横須賀共済病院で開始し、当時は留学なんて全く考えていませんでした。そんな7月のある日、毎日自分でできないことだらけで忙しかった中、当時の上司から課題を与えられました。それは、計1,000人程度の心房細動合併のPCI患者のリストでした。当時はWOEST trial発表前であり、今では常識ですが、「これらの患者の内服内容と、出血や死亡を調べるみたら?」と言われ、それから2か月近く夜な夜な電子カルテを調べては寝落ちするという生活を送っていました。最終データから作成した3剤併用のカプランマイヤーカーブは、当たり前なのですが、めちゃくちゃ出血や死亡が発生しているわけです。この研究は僕の実力不足もあり、学会発表だけで最終的にお蔵入りしてしまったのですが、リスクを認識していなかった治療が、実際調査すると危険だとわかる。この経験を介して「普段やっている=正しい」わけではないことを身をもって実感したことが、僕の臨床研究の入り口であり、動機です。ただ当時の自分には、海外留学など全くもって自分とは遠い世界の話しであり、「よほど有能な人が、チャンスを与えられていけるもの」と思っていましたが、周囲の実際に留学した先輩から話しを聞けたことで、心理的なハードルは随分と下げられました。そんな中、長い目でみて、自分のキャリアの中心に臨床研究をやっていきたいと考えるようになりました。さらに、留学中や帰国後の先生と話すほど、新しい治療法・デバイスや研究の話を聞くことになりますが、「うらやましい」「行きたい」「参加したい」→「行くしかない」という気持ちが自分の中で日増しに強くなりました。 IMG_1378

参加する度にモチベーションを与えてくれた海外学会(EHRS 2015@Milano)

<メンター>

どの病院でも尊敬すべき先輩がいたので、僕にとってのメンターやロールモデルは何人も浮かびますが、そんな中でも、僕に大きな影響を与えたのは、ある先輩からの一言です。「自分で専門分野を宣言することはできるけど、客観的にそれを証明できるものってある(論文以外に)?」と言われ、返す言葉がありませんでした。これが、僕が“不整脈を専門にしたい”状態から先に進めていない理由になるのですが、早く不整脈が専門だと声高に言いたい。いつになることやら。

<これから留学する先は>

オハイオ州にあるクリーブランドクリニック(CCF)になります。EUには、実際にカテーテル手技を行いつつ研究をするという施設がありますが、この点でアメリカでは臨床から離れることがほとんどです(USMLE持っていれば別ですが)。不安ではありますが、僕の場合は、大前提として臨床研究をしたくて海外留学を選択しましたので、手技を学ぶ必然性はないと考えました。とはいえ、実は自分は、実際に海外学会中にアポを取ったり、CVを何十施設に送ったりという具体的な努力をしていません。そうなる前に、人の伝手でタイミングよく突如CCFの不整脈分野のリサーチフェローの話をもらいました。他の方のレポート等を拝見すると、何年も準備を重ねてきてやっと到達したような話もありますから、自分の場合、この辺のタイムラグが少なく済んだことはとてつもなく幸運であったと言えます。しかしながら 実際には、物事がそう上手く運ぶかはわかりません。というのも、僕が行く先のCCFの不整脈ではリサーチフェローが数年に渡り不在という状態が続いています。自分が行った先で担保されているものは何もない状態に近いのです。当然雇ってくれたボスはいますので、食らいついていくのみですが、今は”マリッジブルー”な状態な中でこの記事を書いています。 それでも、留学先のグループから発表されている論文や面接での感触では、当然期待もしていますし、手ぶらで帰るつもりもないのですが。

<最後に>

自分にとってSUNRISE YIA competitionは、正直応募したはいいものの、業績や語学力でも秀でた点もなく、ビジョンも脆弱な中で、「やっぱりやめよかな」ぐらいに思うこともありました。ビジョンを示すって、やっぱり批判されたりするので、多少の心構えが必要です。ずたずたにされる可能性もあります(笑)。でも今考えれば、メリットだらけで、デメリットはないことに気づきました。今回YIAに参加して、最も素晴らしかったのは、すでにある分野のトップランナーである先生方や、明確な目的意識を持った同世代に出会えたことだと思います。刺激をくれたYIAに感謝したいと思います。応募を検討される先生も、一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。 IMG_3555

亀田不整脈チーム。コメディカルも協力的で、去るのは寂しい。