SUNRISE研究会

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from Overseas

尹誠漢 (Seoul, Korea)

尹誠漢 (Seoul, Korea)

Asan Medical Center (Seoul, Korea)
Clinical Fellow

2014年10月21日

【テーマ】第1回:留学の動機および留学までの道のり

予想される困難をパートナーが真に受け入れ、留学の意味を理解してくれてこそ、 はじめて留学が可能になる

私の留学の動機はいたってシンプルである。「チャンスをつかみたい」ただそれだけである。

私は2年間の初期研修(スーパーローテート)後に後期研修を兼ねた大学院課程に進んだ。基礎医学に4年間集中し、その後北関東の中核病院へ勤務となった。初期研修終了後に進路を選択するにあたって、心臓外科か循環器内科かで悩んだ程、循環器の治療面に対する興味が強かったにも関わらず、インターベンションに本格的に携わるようになったのは卒後7年目の中核病院勤務時代からであった。日々の臨床業務は多忙ではあったが、豊富な症例から多くを学ぶことができた。個々の症例はバラエティーに富み、ACS, Bifurcation, Left Mainと学ぶことは尽きない。治療そのものが患者の予後に直結する以上、テクニックに対して絶えず探求するのは当然で、インターベンションの最高峰とされるCTOになれば必要とされるテクニック、経験は全く異なるものであった。インターベンションのテクニックについて積極的に学ぶ一方、アカデミックな側面については遅れがちであった。大学院課程では分野は違えども、サイエンスに対する真摯な姿勢、その困難さと随伴する尊さを学び、インターベンションの領域におけるアカデミックなアプローチに対しても非常に興味があった。しかし、残念ながら私には臨床研究の経験がまったくなかった。SPSSも名前を知っていたかどうか、扱ったこともなかった。インターベンション治療そのものと同等に臨床研究にも興味があったが、ハイボリュームセンターに在籍していたわけでもなく、コネクションもない、臨床研究に携わるチャンスは皆無であった。何でもかまわない、少しでもチャンスをつかみたい、という思いだけしかなかった。

留学先の選定もシンプルである。
1. 世界的に評価の高い一流施設であること
2. 未開拓(過去に留学した人がいない、周辺、もしくは日本から)であること
3. 直感
4. 家族

一流施設の定義は、施設の規模、アカデミックなアウトプットなど様々であるが、世界で広く名前が知られていることであろう。一流であるにはそれなりの理由があり、組織が大きければ大きい程、優秀な人も多く、内部での競争も激しいだろうが、チャンスも大きいであろう。

2つめの未開拓であることについては長短様々である。留学施設側にとってはある程度、海外留学者に対する対応も慣れているであろうが、周辺、もしくは日本から留学した人がいないとなると、留学する側にとっては情報が得にくい。どんなことが経験できるのか予測つかないといった短所がある。長所としては、過去の留学経験者と比較をされない、新たな留学者に対して何か新しいプロジェクトなどが振り当てられる可能性もある。

3つめの直感は、理性とは別に好き嫌い、憧れといった非常に感覚的なもので、自分はこれまでの大きな選択はほとんどがこの直感で下しており、そうでなかった場合には上手くいかなかったことが多い。特に人物に対して、この人のもとで仕事をしてみたいと思うかどうか、最も大切なのではないだろうか。海外で留学をするとなると、言語、環境、経済面など様々な障害に直面することが多い。成果が出ない状況でも日々の業務をこなさなければその局面を打開できない。下手をすればチャンスは最初の1回しかないかもしれない。八方塞がりの状況でも、自分が好きで選んだ施設で、心からレスペクトしている人との仕事であれば120%の力が出せるものである。自然と自分のその感覚は相手にも伝わっているであろうし、そういった目に見えない部分、無意識の部分で世の中が動いているのではないだろうか。

最後にもっとも重要なのは家族である。留学するのは自分の仕事のためであり、妻(もしくは夫)がそれを理解してくれるからこそ可能なのである。自分は朝から夜中まで仕事を頑張ればいいが、日本にいる時より一緒に過ごす時間が少なくなる、言葉も通じない、友人もいない、そんな環境に置かれ、最も大変な思いをするのはパートナーである。留学先の国柄、言語、日本人の在住環境、子供達の教育など様々な面を考慮し、予想される困難をパートナーが真に受け入れ、留学の意味を理解してくれてこそ、はじめて留学が可能になる。

驚くことに、アサン病院は一流施設であるにも関わらず海外留学者がいなかった。正確には数ヶ月から半年程度のスパンでの短期、中期留学者はいたが、自分のような2年以上の期間で留学を経験した人はおらず、アサン側にとっても未経験であった。当時は韓国語が話せない状況であったにも関わらず、自分にとってはそのような状況こそがベストであったし、この原稿を書いている現在もその思いは変わらない。リスクこそチャンスであり、その姿勢こそが最も重要なのではないだろうか。そして、アサン病院は中堅からスタッフ向けのワークショップ(ACT program)をほぼ毎月行っており、それが非常に教育的だとの評判であったので、留学前に無理を押して参加させてもらった。インターベンションのA to Zまでの講義を英語で朝から夕方まで4日間行うものであった。自分がそれまで行ってきた治療はどんなエビデンスがあったのか、なかったのか、それまでのストラテジーが正しかったのか、(狭窄、閉塞を治療<虚血性心疾患を治療<

患者を治療)、世界の新たなトレンドは?など非常に衝撃的であったが、それ以上に楽しい知的興奮を感じた。特に、アサンのリーダーであるS.J. Park先生からは強い情熱を感じ、ここで留学をしたいと即決、そのワークショップで面談をさせてもらい、留学について相談を始めたのだった。そして何よりも、韓国、アサンでの留学に同意、背中を後押ししてくれた妻の存在が最も大きい。欧米であれば英語がある程度は通じ、西洋文化圏での生活も楽しめる面もあるであろう。しかし隣国の韓国では英語は(日本よりは通じるが)当然通じず、海外生活はどこまで楽しめるかは未知数である。留学、自分のバックグラウンドまで含めて後押ししてくれた妻には今も感謝している。

留学にあたっては、留学するという決意、留学先の決断、家族との同意以外にも経済面での負担が障害となる。海外一流施設が位置する場所は往々にして都心部であり、物価は総じて高い。韓国の治安は問題ないが、欧米では安全もお金で買うような場所も多いときく。子供がいるとなれば教育にかかる費用も無視できない。自分の場合、何とかなるだろうと楽観視していたが、見通しが甘かったと痛感したこともあった。しかし、留学は多額の金銭的代償を払ってでも行う価値のあることであり、更に言えば真の贅沢だとさえ思う。日本での上下左右の関係から切り離され、ゼロから新たな環境でチャレンジする、異国で家族と力を合わせて生活する、今までの価値観が一度ばらばらになり、本当に何が好きで何をしたいのか、新たに構築する最後のチャンスである。留学に対する決意さえあれば、誰から、どんなサポートを得てでも行うべきだと考える。