SUNRISE研究会

SUpporting youNg caRdiologISts projEct

from Overseas

植島大輔(Padova, Italy)

植島大輔(Padova, Italy)

Padova University Hospital, Padova, Italy

2016年07月30日

【テーマ】第1回:留学の動機および留学までの道のり

留学をマイルストーンの一つとして

神奈川県出身、北海道大学を卒業、紆余曲折で関東に戻って3年目から東京医科歯科大学に所属し、いわゆる医局人としてキャリアを進めてきた。というと大学人事の一環で留学するのだと思われそうであるが、留学先と医局との繋がりはない。今回は私の留学先決定までの道のりを紹介したい。

1.井の中の蛙の典型


留学を意識したのがいつのことだか正確には覚えていないが、英語の重要性を感じ始めたのは5,6年目だったと記憶している。3年目は生きていくのに必死、4,5年目にカテーテルを齧りはじめ、6,7年目はどっぷり浸かり、たまたま恵まれて手技を多くやらせてもらえていたため、特に疑問を感じることもなく没頭していた。

振り返ってみると、学会発表を通じて世にも発信している「つもり」で、臨床統計は何もわからなかったし、英語も全くダメ。特に英語は旅行英語すらままならなかった。統計のテキストを「読んでいる」だけ、SPSSを「触っている」だけ、で、すごく進んだことをしている気になっていた。

7年目にふと思い立ち英語を始めた。その当時のボスが留学経験者で海外を飛び回っていたことや、海外旅行で英語がろくにしゃべれなかったことも影響していると思う。単純な性格なので英語を始める=留学するという図式がいつの間にか頭の中に浮かんできた。テーマを持って突き詰めたくて留学されている先生と比べると、何とも不純な動機で申し訳ない。

2.とりあえず井戸から出る


4年目からEVTに携わっていたことが幸運だった。当時はEVT発展途上でワイヤーは35だったし、Wall stentやExpressを中心に使っていたが、経験者が少なかったおかげで重宝してもらえた。医局仲間の梅本先生(Ospedale Civile Mirano留学中)がEVTで名を馳せはじめていたことも幸いし、彼を通じて同年代の医局外の先生方と交流を持てるようになった。そこではじめて自分の実績不足を思い知り、広い世界に出なければと感じることができたのは、今も仲良くしてくれている先生方のおかげだと思っている。

いつも刺激をくれる仲間

いつも刺激をくれる仲間

 

13467744_776715912464257_1172018018_o

77会の仲間。実績はまったく敵わない

 

 

3.留学をマイルストーンとして逆算


私の場合、まず目標を掲げ、それに向かって逆算して日々やることを考えるのが合っているようだ。というより、目標が定まっていないとサボってしまう。留学を意識し始めたころ、客観的に道のりを逆算していった。既に息子が生まれていたので「長男の小学校入学までに帰国する」と留学の期限が決まった。「交渉できる英語力」「論文を書けなきゃいけない」「論文には統計が必要」「日本である程度書く力をつけて」「資金の準備」、、、今のままでは間に合わないことを初めて実感した。

私の所属する医局では年に一度人事希望アンケートを提出するよう求められ、それまでは「どこでも行きます」というスタンスを取っていたのだが、その年初めて「大学勤務希望」と書いた。当時の勤務先では、理解ある上司の下PCI, EVT, PM, ICD, CRTD, ablation, PVI, coiling, stent graft等々携わらせていただく手技が多かっただけに葛藤があったし、今でも良い選択だったのかわからない。ただ、留学をマイルストーンとしている以上異動は避けられなかった。

「大学に移って2年半で留学」が先に決めた期限だったので、異動後1年半の時点から留学先を探すことになった。予定を決めたのは自分自身なのに、まるで他人事のように2年も前に組んだプランだったので、その時になってみると「あぁ、留学先決めなくちゃ」と与えられた仕事のように感じたのを覚えている。

d5af3ebb2d309b385af32157a4c5d04ba8fd5765

カフェで英語を教えてくれているSteve 都心はこういう人が探しやすいのがいいところ

 

DSC_2770

語学や統計の本。本だけはそれなりに揃えた

 

 

4.とりあえず顔を出してみる


とは言え、医局に留学先のアテはなかった。だが、先の梅本先生のような学会で当たって砕けろ作戦はなかなかハードルが高い。どうしようかと考えていたところ、留学先を決めた医局の先輩より「とにかく顔を出すのが大事」「どうやらヨーロッパ圏には中東などからフェローの申し込みが多いらしい」「しかしメールなどでオファーがあるだけで本気にしていない」と聞いた。

同じ頃、幸運にもSUNRISE代表メンバーである林田先生のTAVIを見学させていただくことになり、その縁でEdwards Lifesciencesの細谷さんに大変お世話になった。せっかく留学するなら日本でできないことを学びたく、SHDをメインテーマにしたいと思っており、EdwardさんにヨーロッパでSHDに強い病院を教えてくださいと恥もなくお聞きしたところ快く教えてくださった。

Sapien3

いただいた資料。この中から行き先を探した

 

夏休みを使って見学できるのはせいぜい3つ。国をまたぐと辛いという制約と、既に先輩たちが留学しているイタリアに親近感があったため、まずはイタリアから攻めることにした。Edwardsさんからのリストには病院名しかなかったので、イタリア語のホームページをグーグルで翻訳してメールアドレスを入手し、「9月に行くから見学させてほしい」と書いた。この「行く」と書いたのが重要だったと思っている。

application

実際に送ったメールの内容。Steveにチェックしてもらったので英語は正しいはず

 

5施設にメールを送り、Padova UniversityとSan Raffaeleから返答をいただいたが、この時点ではそれがイタリアのどこにあるかもわからなかった。

こうして一週間の見学ツアーへと旅立つことになる。

 

この先の話は文字数の関係上、次回に回したい。