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from Overseas

鳥居翔(D.C., USA)

鳥居翔(D.C., USA)

CV Path, Washington D.C., USA

2016年07月30日

【テーマ】第1回:留学の動機および留学までの道のり

留学したい!! とりあえず海外行きたい!! から始める留学

初めまして。今年度のレポーターを努めさせていただきます、鳥居 翔と申します。

1年間、よろしくお願い致します。

Washington郊外にあるCVPathでの留学を開始して早くも3ヶ月が経過しました。生活のセットアップもほとんど終わり、仕事にもようやく慣れてきた所です。

 

今回は留学の動機、および留学までの道のりの話ですね。

私が留学の事を考え始めたのは大学2-3年生の頃からでした。

動機は至ってシンプル。

 

一度、海外に住んでみたい。

それだけでした。

 

この点が他の留学生の方々とは決定的に違う所だと思うのですが、元々は留学する事、そして海外での生活を経験する事が一つの目標で、これからの時代はストラクチャーだから!! とか、日常臨床での問題点を解明したい!!とか、そんな高尚な理由があった訳ではありませんでした。

 

学生時代は遊び呆けていましたが、夏休みに格安ツアーで海外に行く事に加えて、週に1回、英会話教室に行ったり、アメリカに2週間ホームステイしてみたり、大学6年時にはMiami大学で臨床実習に参加するコースに応募して2ヶ月半短期留学したりと自分なりに準備はしてきました。

 

こう書くと着々と準備をしているようですね。

繰り返しますが基本的には本当に遊び呆けていました。

サッカー、飲み会の毎日です。

海外といってもほぼ日本語で過ごすハワイや、ほぼカジノで過ごすマカオも含まれていますし、Miami留学の際もカンファの内容は全く理解できずに、ただカンファの終了時刻を待つ日々を過ごしていました。

 

医者になってからは、問題点、知りたい事に対して、up-to-dateやpubmedのreviewを読んで幅広い知識を身につける事には貪欲に過ごしてきたつもりでしたが、そこから深める事はせずに文字通り忙殺される日々を送っていました。

 

ただ1つだけ、

 

事ある毎に、『留学したい!!』とは言い続けてきました。

 

が、初期研修から4年目までは市中病院で働いていた事もあり、特に誰かに具体的にどうやって留学するかについて真剣に相談できる環境ではありませんでした。

学会も地方会で症例報告を1度発表した事がある程度で、アカデミックとは無縁の生活をしていました。

 

転機になったのは5年目でした。

 

4年目の1月に突然、当時の上司から東海大学に行ってみないか?と提案されました。

どこかのタイミングで、地元であり出身大学である鹿児島に帰る事も考えていた所で、5年目から縁もゆかりもない大学に行くことは少し抵抗がありましたが、何となく忙殺されている状況に閉塞感を感じていたからか、その場が酒の席であった事も手伝い、勢いで即決し、4月から東海大学に大学院生として入学しました。

この時点でも留学をしたいという気持ちはありましたが、具体的にどこに行って何をしたいかは全くイメージが沸かない状況でした。

 

が、新天地の東海大でもやはり、事ある毎に『いつか留学したい』とは言っていました。

 

東海大は市中病院のような忙しさで、毎日のように緊急の対応をする生活を過ごしていましたが、ベッドフリーの研究期間(オンコールあり、当直あり、外来ありで結局比較的多忙でしたが…)を頂いて、中澤ラボのメンバーとなり、色々な実験を経験する事ができました。

 

実験の結果を元にabstractを書き、海外の学会に投稿して海外で発表する(+発表後は現地で旨い酒を飲む)という過程を経て、研究、そして論文を書くことの面白さにようやく気付きはじめました。

 

この時点で8年目、2013年頃です。

海外の学会に行くようになると、留学されている先生方や留学から帰ってきて日本で活躍されている先生方とお話する(飲む)機会も増え、徐々に昔から呪文のように唱え続けてきた『留学したい』という言葉をいかに現実のものにするかを考え始めました。

 

では、どこに留学するか。

今思えば自然な流れでした。

 

実験して、その内容で論文を書く際に、常にCVPathに先手を打たれて論文化されている状況を何度も経験しました。

CVPathからpublishされる論文をチェックすると、その仕事が我々の日々の日常臨床を変えている事に気づきました。

 

自分もそんな仕事がしたい。

そう思っていた矢先に、2014年のEuroPCRで発表した際には現在のボスであるVirmaniが座長だった、というような偶然も重なり(Figure 1)、また中澤先生の多大な後押し、そして根回しもあり比較的トントン拍子CVPathへの留学が決まりました。

Figure1

 

私がこうしてアメリカにいるのも、中澤先生を始め、沢山の先輩達のお陰です。

この場を借りて厚く御礼申し上げます。

今後は自分が留学中、そして日本に帰ってからも頑張る事で、恩返しが出来ればと思っています。

 

振り返ると、僕の留学までの道のりはそこまで険しいものではなかった気がします。

月並みな表現になりますが、運良く、色々ないい出会いを経験できた事が一番大きな勝因だったと考えています。

 

希望通りにCVPathに留学する事ができた事も、

たまたま中澤ラボができてから初の大学院生だった、すなわちタイミングが良かっただけですし。

 

ただ、

 

希望をちょこちょこ周りに言い続けていた事、

そしてやりたい事に向けて、常に準備をしておく事が大事かなと実感できました。

 

これ以上書くと自己啓発本のような状態になりそう(Figure 2)ですし、長くなりすぎたのでこれで終わりにします。

Figure2

Figure 2

 

留学に行く事は1つの目標でしたが、留学はゴールではなくあくまで過程に過ぎません。

何とか結果を出して、かつ成長して日本に帰る事ができるように何とか頑張ります。