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from Overseas

堀内優 (San Diego, USA)

堀内優 (San Diego, USA)

University of California, San Diego (San Diego, USA)
visiting scholar

2018年01月09日

【テーマ】第6回:世界に出てから見つめ直す日本の医療、どこへ 向かっていくべきか

医療の違いは社会の違い

1. 外の世界を見たからこそわかる日本の問題点もしくは誇るべき点

今回のようなテーマでは、往々にして日本の医療はベテランの経験に裏打ちされた、細部まで気配りが行き届いた職人気質の医療であるという意見が多く、私もそう思います。では、これに関して米国でどのように考えているかといえば、「そんなことは気にしていない」というのが実際のところだと思います。全体の医療の質を向上させるために一定以上のクオリティを保つことを大切にしており、個別の症例に関してマイナーチェンジしようという気持ちがそもそもあまりないように思います。少数の複雑な症例に病態生理に基づいて、日本でいえば「気の利いた」治療を行ったとしても、「エビデンスあるの?」という感じでしょうか。個別の症例に関してマイナーチェンジすることが、結果として全体としての質を向上させなければ意味がないとも言えます。エビデンス至上主義とでも言いましょうか。

回診でACSに対するPCIのシネ動画を見ることもなくDAPTに関して議論することは何とも違和感がありますが、シネ所見とDAPTに関する報告よりも、症例数が何十倍何百倍もある前向きランダマイズのエビデンスレベルの高い報告にのっとった画一的な医療を提供し続けるほうが、全体としては利益があると言われると返す言葉がありません。また、入院診療は完全にチーム制であり、チームのメンバーは日勤夜勤でローテーションを組み、一か月程度で総入れ替えになります。スタッフドクターもです。このような状況で、自分の経験や循環器の一般専門医レベルを超えた高度な判断に基づく特殊な医療はかえって現場を混乱させるだけとも言えます。現在の医療がガイドラインやこれを形成するエビデンスレベルの高い論文によって形成されていることを考えると、日本が独自の路線を行けば行くほど、取り残されて袋小路に入り込むとも思えます。日本でも働き方改革により医師の勤務時間が短縮かつ固定されれば、必然的に主治医制からチーム制に移行することになると思います。こうなると次々と業務を引き継いて行かなければなりませんので、良い意味でも悪い意味でも標準的かつ画一的なことしかしない/できない状況になるのではないでしょうか。

本来であれば全体としてはエビデンスに基づいた画一的な医療を行い、エビデンスの穴を明確に認識し、いざという時にはエビデンスレベルが落ちたとしても関係のある報告や病態生理の知識をフル活用して次善の策を打てるのが本当の専門家だと思います。また、「気の利いた」治療をするのみで満足するのではなく、なるべくエビデンスレベルの高い方法でこれを報告することまでが専門家の義務であるとも思います。

 

2. ディベート/プレゼンテーション能力についての比較

カンファレンスなどでは1年目のフェローからスタッフ医師まで皆非常にはっきりと意見を述べます。議論も非常に建設的です。議論の内容やレベルは、やはり経験年数や立場と正比例するように感じます。初期のフェローは最近の自分の経験から、後期のフェローは最近読んだ論文から、スタッフ医師はその領域のこれまでのエビデンスの流れと今後の課題に関して意見することが多いです。プレゼンテーションも上手です。

しかしこれらの能力に関しては日本人医師も負けていないように思います。議論の内容は専門医レベルで追随可能ですし、プレゼンテーションに関しても最近は日本国内でかなりトレーニングする傾向にあると思います。日本国内にいても、研修医の症例プレゼンから、勉強会、地方会、国内学会、国際学会などプレゼンテーションの機会は豊富です。つまるとこと、米国と日本とのディベート・プレゼンテーション能力とは、9割以上で英語の問題であると思います。

これらは半年ほど経過したところでの個人的な感想であり、今後変わることも大いにあると思います。それでも目下のところは英語能力の向上が必要と考え取り組んでおります。