経済から考える医療事情

今回は載せる写真がないので、代わりに先日初めて知っている限りのイタリア留学生医師に集まってもらったのでその時の様子を。ミラノ、ローマ、トリノ、パドヴァからミラノに集まってもらった。家族以外と日本語で話せる貴重な時間で非常に楽しかった。みんなそれぞれ苦労していて思うところはいっぱいあったが留学を終えられる先生お二人が「収入が十分あるならイタリアで生活したい」とおっしゃっていたのが印象的だった。
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写真1. イタリア在住医師の会 at Milano 田中先生、三友先生(ミラノ、循環器)、石田先生(トリノ、泌尿器)、濱中先生(ローマ、消化器) 何故か中華料理店
 
話を戻し、医療事情について。
医療事情を考えるには、まず経済的背景を把握する必要があるように思う。参考までにイタリアの医療経済について私の知る限り書くと、イタリアの公的な医療機関は、受診料・医療費ともに無料もしくは一部負担だが、「公的な医療機関」というのがポイントであり、そう簡単に受診できるわけではない。住民登録を終えると住まう地域によってホームドクター(medico di famiglia)が振り分けられ、病気になった際にはこのホームドクターにまずかかる。ホームドクターが必要だと判断すれば紹介状が作成されて大きな病院にかかることができるのだが、平気で予約が3-6ヶ月後なんて事態が起こり得る。例えば、ぎっくり腰になって取れた予約が3ヶ月後という事態はザラで、そのような場合、保険が効かないプライベート病院へ受診せざるを得ない。
 
これを医師の立場から見てみよう。
先にあげたホームドクター制度だが、ホームドクターごとに患者が登録されて1登録につき1.27 Euroが毎月支給されるらしい(受診してもしなくても同額)。医師一人あたりの登録限度は1,500人で、週に5日診療所を開けなければいけない。計算すると純収入として25万円程度になり、ここから諸経費が引かれる。1,500人もの登録患者がいるはずもなく、プライベート病院でアシスタントをしたりタクシー運転手の副業で凌ぐらしい。人口は日本の半分、医師は日本と同数。人口千人あたりの臨床医師数は日本が2.15、イタリアは4.01と完全に医師過剰状態となっている。医師の平均給与は月額4,120 Euroで約50万円と決して安くはない(全職業の平均が3,170 Euro)が、そもそも働けるかどうかが問題であり、2015年の記事(URL記載)によると2,362人の医学部卒業生が外国で勤務するための手続きをしている。これは2013年の約2倍で、2009年の396名から6倍に達している。毎年1万人ほど医学部を卒業するが、国内の専門機関の求人が5,000人、ホームドクターへのトレーニングが1,000人らしいので、4,000人は就職先が見つからないことになる。それらの人々は外国へ行くか、非正規として働くことになる。
 
このような状況では当然医師間でポストを巡る競争があり、常勤になるためには実績を積まなければならない。最もわかりやすい実績が論文数やimpact factorなので、研究にかける情熱が日本人医師とは比べ物にならない。以前に大阪大学の原先生もおっしゃっていたが、日本人医師にとって研究はあくまでもside work(人によってはlife work)で、生き残るために必要なrice workではないと思う。多くは年功序列だし、一部の職種を除いては年下の上司はいないと思う。日本では医学部が全学部の中で最難関であるのに対し、イタリアではそこまでではなく、要は「学生時代に優秀な人が医師となりその後は競争が少ない日本、医師になってからも競争し続けなければならないイタリア」という構図になっている。
 
日本は「日本語」という特殊な言葉と極東の島国という地理的要因から、先進国でありながら外部からの人の流入が極端に少ない。守られているという点では良いのかもしれないが、国際的な競争力という観点からは遅れをとっているであろう。もちろん、日本の医師は明らかに働きすぎであり過酷な面もあるが、イタリアのように働きたいけれど職がない状態を思えば恵まれていると思う。同時に、日本のこの状態がいつまで続くのであろうかと危惧している。
またPadova大ではPCIの際のimaging使用率は5%ほどで、OCTに至ってはわずか1%程度。経済的に潤っているドイツと比較するとTAVRの数が少ないなど経済が医療に及ぼす影響が無視できないことを体感し、これはこの先必ず日本で起こり得る事態ではないかとこちらも危惧している。
 
最後に一つ。Padova大はイタリア有数の大病院であるにもかかわらず、全て紙カルテで手書きも多く、日本ほど電子カルテは普及していない。カテをしているとレジデントが一生懸命経過を手入力してプリントアウトのうえカルテに付ける。せっかく日本の方がテクノロジーでは先に進んでいるんだからもう少しうまく利用できないのかなと思う。臨床研究をする際にデータを手入力するというのがどうにも納得いかず、そのあたりをうまく自動化できないものかと考えている。
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写真2,3  Padova大学病院の入口 3ヶ月めにしてようやく正面入口を知った。
 
 

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植島 大輔(Padova, Italy)