大気汚染がもたらす不整脈リスク

Kawakami’s Reviewの最終回は、近年問題となっている大気汚染がもたらす健康被害に関する話題提供です。大気汚染と様々な疾患との関連が報告されていますが、不整脈との関連も注目されております。
Association between air pollution and ventricular arrhythmias in high-risk patients (ARIA study): a multicentre longitudinal study.
Lancet Planet Health 2017; 1: e58–e64. [1]
【背景】
死亡率に対する大気汚染の影響は多くの疫学的研究および観察研究で明らかになっているが、催不整脈作用に関しては十分な検討は行われていない。植込み型除細動器(ICD)もしくは両室ペーシング機能付きICD (CRT-D)植込みが行われたハイリスク患者において、心室不整脈に対する大気汚染の影響を評価した。
【方法】
イタリアのVeneto地域にある9施設から281人(年齢中央値71歳)を登録した多施設共同研究。
表1
表1 (論文1より引用): 患者背景
心室不整脈イベントは、植込みデバイスで記録された心室頻拍(VT)もしくは心室細動(VF)と定義した。
大気汚染データは、10 μm未満の微小粒子状物質(PM10)、2.5 μm未満の微小粒子状物質(PM2.5)、CO (一酸化炭素)、NO2 (二酸化窒素)、SO2 (二酸化硫黄)、オゾンの各濃度(24時間中央値)を各地域の観測所から入手した。各患者の曝露量は住所の近くの観測所のデータを用いた。
【結果】
中央値652日(範囲: 637日から1,177日)の追跡期間に、VTイベントが426件、VFイベントが183件記録された。281人中41人(15%)に1回以上ICD治療が行われ、14人(5%)に3回以上ICD治療が行われた。VT/VFイベントの発生率はPM2.5と有意に関連し(p <0.0001)、曝露量が約25 μg/m3以上の濃度でVT/VFリスクが非直線的に増加した(p=0.0002)(図1)。PM2.5暴露量75 μg/m3と25 μg/m3を比較した場合のオッズ比は1.59であった(表2)。一方、PM10はVTとVFの複合エンドポイントには関連しなかったが(図1)、VFのみの解析ではPM10でもPM2.5と同じような有意なリスク増加が確認された(PM2.5: P=0.002, PM10: P=0.0057)(図2)。その他の大気物質はVT/VFイベントと関連しなかった(表2)。
図1
図1. (論文1より引用): VT/VFイベントとPM2.5およびPM10との関連を示す。VTとVFの複合エンドポイントではPM2.5のみ有意な関連を認めた
図2
図2 (論文1より引用): VFイベントのみの解析ではPM2.5とPM10共にイベントに関連した
表2
表2  (論文1より引用): 各大気汚染物質濃度と心室不整脈リスク
陳旧性心筋梗塞の有無で2群に分けたサブ解析では、陳旧性心筋梗塞の既往を持つ患者群でのみPM2.5およびPM10が心室不整脈に有意に関連した
表3
表3 (論文1より引用): 陳旧性心筋梗塞の有無で異なる結果が得られた
【結論】
微量粒子状物質は、ハイリスク患者において催不整脈作用を有し、特に陳旧性心筋梗塞患者で不整脈リスクを増加させる。虚血性心疾患を有する患者の不整脈イベントの予防に際し、医師は環境リスクを考慮し、微量粒子物質への暴露を避けるように助言すべきと考えられる。
 
Ambient fine particulate matter (PM2.5) exposure is associated with idiopathic ventricular premature complexes burden: A cohort study with consecutive Holter recordings.
J Cardiovasc Electrophysiol. 2018 Dec 21. doi: 10.1111/jce.13829. [Epub ahead of print]
【背景】
疫学的エビデンスは微小粒子状物質(PM2.5)曝露と心血管死亡率に関連があることを示している。心室期外収縮(PVC)頻度の増加は左室拡大や左心不全を引き起こす可能性がある。本研究の目的は器質的心疾患を持たない患者におけるPM2.5の急性暴露とPVC burdenの関連を検討すること。
【方法】
2013年1月1日から2016年12月1日の間に24時間ホルター心電図を施行した26,820人を調査した。少なくとも2回以上ホルター心電図が記録され、かつ、30拍/時以上のPVC burdenを認めた患者を登録した。PM2.5高暴露日と低暴露日のPVC burdenを12時間および24時間の間隔で比較した。
【結果】
67人(男性31人、56.49±18.35歳)が対象となった(表4)。患者はそれぞれ高暴露日に25.63±11.47 μg/m³、低暴露日に14.66±7.51 μg/m³のPM2.5に暴露していた。
表4
表4 (論文2より引用。一部改変): 患者背景およびPM2.5の暴露量(枠線)。ControlはPM2.5暴露量が非常に少なかった患者。
総PVC数とPVC burdenは高暴露日の方が低暴露日に比べて有意に高かった(総数: 10490.69±10681.63 /日 vs. 8293.31±9009.09; P=0.014, Burden: 10.22%±10.17% vs. 9.14%±12.73%; P=0.012) (表5)。低暴露日と比較して高曝露日のPVC burdenは午前9時から午後9時までの間で有意に高かった(5.85%±6.41% vs. 4.84%±6.97%; P=0.025)。一方、夜間は有意差を認めなかった。
表5
表5 (論文2より引用): 検討群67名のPVC burden。日中のPVC burdenはPM2.5暴露量の高低で有意な差が見られたが、夜間には差を認めなかった。
Control群ではPM2.5暴露量の高低でPVC burdenに差は認めなかった。
【結論】
PM 2.5暴露量が多い日ではPVC burdenが有意に増加することが明らかになった。PVC burdenは日中に増加したが夜間は増加しなかった。この結果は、昼間のPM2.5曝露が健康な集団における心室不整脈と関連する可能性を示唆している。
 
【私見】
異なる地域(論文1はイタリア、論文2は台湾)、そして、異なる対象群(論文1はICD植込み後の不整脈ハイリスクの患者、論文2は器質的心疾患を持たない患者)における検討ですが、両方ともPM2.5が不整脈リスクに関連していることを示唆しています。最近お隣韓国では深刻な大気汚染が問題になっていますが、日本も決して人ごとではありません。近い将来には天気予報や花粉予報と同じように「PM2.5予報」を気にしながら外出しなければならない時代が来るかもしれません。医師が日々の環境因子まで考慮して診療を行なわなければならないという状況は想像するだけで大変そうですね・・・。この問題は医師個人が直接どうにかできることではないのでしょう。しかしながら、臨床研究を通じて環境リスクがもたらす健康被害を明らかにし、社会や政治に問題提起していくことはとても大切なことだと思います。それにしても、論文1が掲載されている雑誌の名前は強烈ですね。
「Lancet Planet Health」
惑星規模で物事を論じるってカッコ良いですね。いつかこんな研究に携わってみたいものです。
 
【文献】
1. Folino F, et al. Association between air pollution and ventricular arrhythmias in high-risk patients (ARIA study): a multicentre longitudinal study. Lancet Planet Health 2017; 1: e58–e64.
2. Tsai TY, et al. Ambient fine particulate matter (PM2.5) exposure is associated with idiopathic ventricular premature complexes burden: A cohort study with consecutive Holter recordings. J Cardiovasc Electrophysiol. 2018 Dec 21. doi: 10.1111/jce.13829. [Epub ahead of print]

h_kawakami
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川上 大志(Melbourne, Australia)