必死になったときに人は成長する

皆さんこんにちは。2018年4月よりオーストラリアのメルボルンにあるBaker Heart and Diabetes Instituteに留学しております、川上大志です。1年間お付き合い頂けましたら幸いです。
今回のお題は「留学の動機および留学までの道のり」です。私が海外留学を決意した理由は色々ありますが、最後の決め手は「老け込むのは早い、まだ成長したい!」と思ったからです。
私は2007年4月に医師になり、12年目の4月に留学しました。愛媛県に生まれ、高校卒業までずっと愛媛の片田舎で過ごし、大学は高知大学に進みました。大学卒業後は再び愛媛に帰り、研修医を経て愛媛大学へ入局しました。つまり人生の全てを四国という田舎で過ごしていたわけです! そんな私が海外で生活することになるとは夢にも思っていませんでした。医師になった頃の目標は「とにかく臨床経験を積む!」。これに尽きました。幸い(?)、地方には同世代の医師が少ないこともあり、たくさんの経験を積ませていただきました。3年間の一般循環器研修を行う中で現在の専門である不整脈診療に興味を持ちました。恩師に相談すると、大阪にある国立循環器病研究センターでの不整脈専門研修の話をいただきました。いわゆる国内留学です。医師6年目に人生で初めて四国以外の土地で生活することになりました。そして、そこで多くの同世代の医師達、それも向上心にあふれた選りすぐりの若手循環器医達に出会いました。ライバル不在の田舎から、群雄割拠の大阪に武者修行に出たわけです。この経験は私の視野を大きく広げました。また、この頃に初めて海外学会に参加する機会を得ました。米国不整脈学会です。世界最大の不整脈学会であり、数千人の不整脈マニアが一同に集まり、不整脈ネタだけで4日間議論し合います。そのスケールの大きさに圧倒され、世界は本当に広いのだと今更ながらに感動したのを覚えています(まさに四国の蛙が大海を知ったのです!)。留学を意識し始めたのはこの時期でした。また、この頃に身近な先輩達がどんどん海外留学に挑戦され始めたことも大きく影響したと思います。
図1
写真:当時の国循不整脈グループ集合写真(左)および初めての海外学会 in デンバー(右)。髪を短くしたのは留学を決めてから。理由はお金の節約と、海外で散髪屋に行きたくなかったから!私の英語力では変な髪型になりそうで・・・。
しかし、すぐに留学を決意したわけではありません。まずは「不整脈医として腕を磨き、1人立ちすること」が最優先と考えました。再び愛媛に戻り、不整脈医として臨床に精を出しました。また、同時に大学院生として臨床研究に従事することになりました。非常に多忙な日々でしたが、とても充実していました。ふと気がつくと、医師になって10年が経過しておりました。臨床医としてある程度の自信がつき、守るべき家族が出来(妻と子供2人)、仕事と私生活の両面に満足しており、そろそろ家を持ちたいなと漠然と思ったりしていました。しかしながら、ふと自分自身の成長を振り返った時、少しずつ成長カーブが鈍ってきていることに気がつきました(図)。
図2
図: 自分の成長曲線。もう1段上を目指して留学を決断! (この図はYIA用に作成しましたが色々あってボツにしたもの。日の目を見ました!)
世の中は日進月歩です。このまま停滞してしまうと、いつの間にか取り残されてしまうのではないかという危機感を抱きました。10年目とはいえ、医師としてここからが働き盛りのはず。まだまだ現状に満足してはダメだろうと思いました。しかし、成長期を過ぎた30代にとって、さらなる飛躍を求めるためには思い切った挑戦が不可欠です。思い切った挑戦・・・そうです、ここでようやく海外留学が自分にとって現実味を帯びてきたのです。ずいぶん悩みました。年齢とともにフットワークは鈍っていましたし、リスクの大きさも理解していました(お金、ポジション、臨床的スキル等、全てを失うのではないかという不安)。1年くらい悶々としていました。当時アメリカに留学されていた先輩の所に見学に行き、直接相談に乗ってもらったこともあります。そして、悩み切った末にたどり着いたのが冒頭の「成長したい!」です。悩みが深く長かった分、決断してからは全力で留学実現に向けて突き進みました。留学を決意したのが2016年末。実現したのが2018年4月です。比較的短期間に実現できたのは、「留学するしないに関わらず準備はしておけ」と、日頃からお金と論文の大切さを説いてくださった先輩達のおかげです。まだ留学を始めたばかりの私が確実に言えることは、「興味があるなら準備はしておくべき」ということです。留学先の決め方に関しては次回に触れたいと思います。
最後に、出発の時に先輩から頂いた金言を紹介させて下さい。
「必死になったときに人は成長する」
今、毎日が生きるのに必死です。職場で何か1つのことをするのにも全力を要します。この積み重ねが自分を成長させてくれるはずです!!
図3
写真: 大恩ある愛媛大学不整脈チームの先生方(左)。背中を押して下さった先輩方と、私の後に続いてくれると信じている後輩達と一緒に(右)。
 
番外編: 夫もしくは父のわがままに振り回された家族の留学奮闘記       
第1話「初めて海外留学の話を聞いた時」
夫 「留学しようと思うんだけど・・・。」
妻 「別にいいんじゃない?実現できるならねー。私は海外旅行気分でいいんでしょ?」
※彼女は本当に個人的な準備(英語の勉強等)は全くしませんでした。有言実行で海外旅行気分の様です(笑)。そんな姿勢に私はむしろ救われています。
 
父 「オーストラリア行くよー。コアラがいるよー。」
長男 (当時3歳) 「うわーい。オーストラリアってアメリカ?いつからいくの?明日?」
父 「アメリカではありません(世界地図を見せる)。明日は無理かなー。来年かなー?」
長男 「ふーーん、来週かぁ・・・(何もわかっていませんでした)」
 
父 「オーストラリア行くよー。カンガルーに餌あげられるよー。」
次男(当時8ヶ月):  「あーーー。(何もわかっていませんでした。しかし、1年後、彼は自分でカンガルーに餌をあげたのでした!)」
つづく
図4
写真: 出発の日、松山空港にて。合計100 kg近い大量の荷物と幼子2人を連れたこの大移動だけは2度と経験したくない苦行でした・・・。

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川上 大志(Melbourne, Australia)