『結局、Simulation とは何なのか? (サーフィン教育の視点より)』

① この一年間での忌憚ない感想を述べてください。
この1年間シミュレーション教育に没頭して私がたどり着いたひとつの結論が、この対照的な私の2枚の写真に込められています。左の写真を『S』、右の写真を『T』と呼ぶことにします。
simulation surfinreal surfin
写真Sと写真T、具体的になにが違うか気づいた点を挙げてみてください。
① 波の大きさが違う
② 写真Sはサーファーが波に乗っているが、写真Tのサーファーは転んでいる。
サーフィンの経験がない方が気づくことができるのはこの2点くらいでしょうか。実は写真Sは、Wave Poolの人工的な波なのです。写真の背景に波を発生させる装置があるのがわかりますでしょうか? 言い換えれば、写真SはSimulation wave (模擬の波)なのです。一方、写真Tはかつて私がチャレンジしたバリ島の本物の波です。凶暴かつ私の股間にも危険を及ぼすような波です。Simulation waveに対して、Traditional wave (従来の波)とでも呼びましょう。
 まず、サーフィンのトレーニング方法の話をいたします。私は約20年前にサーフィンを始めましたがその当時のサーフィンの練習方法以下の通り。
1: まず日本のプロサーファーの書いたサーフィン上達本を買って読む。
2: そして、とにかく海に入って波に慣れる、以上。あとは、海が教えてくれるはずだ!
こんな感じでした。そしてよくこういうキメ台詞を聞いたものです。
『ひとつとして同じ波はこない。だからこそ、サーフィンは奥深い。』
 一方、20年の時を経た現代のサーフィンのトレーニング方法ですが、Simulation waveの登場により大きく変わろうとしています。このWave poolですが、アメリカ、イギリス、オーストラリアをはじめ続々と建設されています。そしてなんと私の実家のある千葉県木更津市にもこのWave poolの建設計画があります。私の予想する近未来のサーフィントレーニングは、以下の通り。
1: まず、初心者はプロサーファーがSimulation waveで上手にサーフィンするお手本を見学する。
2: 次に、 ”何度でも同じ波がくる” Simulation waveと確立された指導カリキュラムに沿って効率的に反復練習をこなす。
3: ある一定の目標レベルに到達したらSimulation waveとTraditional waveのGapを埋めるために ”ひとつとして同じ波はこない” 海に出て練習する。
4: そこで課題が見つかったら、Wave poolに戻って再度反復練習をする。
  旬な話題なのですが、2020年東京オリンピックの種目でサーフィンが初めて追加され、世界で初のサーフィンのオリンピックが日本で開催されます。千葉県の海で開催するということが暫定的に決まってはいるのですが、Traditional wave を使うか Simulation waveを使うかの論争があります。Simulation wave推進派のロジックは明瞭です。たった2週間程度のオリンピックの大会期間で、日本の海が世界トップレベルの選手たちを評価するために十分なqualityの波をもたらしてくれるかは不明である。そんな状況で、サーフィンのオリンピックを開催するのはギャンブル以外の何物でもない。それならば、Wave poolを日本に建設し、我々がコントロールできるSimulation waveを使いスケジュール通り大会を開催したほうが選手・観客・運営者の立場のすべてにおいてメリットがある、というものです。(以下参照)
https://www.theinertia.com/surf/japan-times-reports-tokyo-2020-organizers-preparing-for-no-surf/
 ここまでのまとめ
サーフィン教育にシミュレーションが導入されると、
Ⅰ. 練習のコンセプトが変わる。
Ⅱ. 指導方法が効率的なものへと変わる。
Ⅲ. 評価 (大会) が変わる。より評価 (大会) 基準が明瞭になる。
特にSimulation waveでのサーフィン練習は、Learning curve を考えると特にInitial latent phase* の短縮が顕著に表れると考えています 。また、評価基準が明瞭になると、練習も明確になり、さらにlearning curveの各phaseが短縮すると予想されます。
(*第3回レポート『Learning Curve Theory』参照 https://sunrise-lab.net/blog/2018/2895/ )
 
々とサーフィンの話をしてきましたが、ここで一気に医学教育に話を戻します。
私は、約10年前に医者を始めましたが、その当時の研修医の教育は以下の通り。例えば中心静脈カテーテルの留置(CV留置)を例にとると、
1: まず教科書を読んで、CVカテーテルの留置法をひとりで勉強する。
2: そして、指導医と一緒に実際の患者さんに協力してもらい汗を垂らしながら数回練習する、以上。
こんな感じでした。そしてよくこういうキメ台詞を聞いたものです。
”俺のCVは他の誰よりも上手いし、速い!” ”俺はセンスがある”
現在はCV留置のSimulation trainingはある程度確立しており、10年前とは状況は変わっています。麻酔科医としてこれまで何度もCV留置を研修医に指導してきましたが、確かに多少注意すべき点があり危険を伴う手技なのですが、正確な知識とトレーニングをすれば決して難しい手技ではなくセンスがなくても誰でもできるものなのです。おそらくいまCVの腕自慢などを教育現場でしていたら研修医からバカにされること必至かと思います。
ここで、CV留置の練習にマネキンなどの高額なSimulatorが必要なのか?と思った方がいらっしゃるかもしれません。しかし、現在のエコーガイド下のCV留置のSimulation trainingであれば、血管に見立てたストローを刺したコンニャクとエコープローベがあれば十分です。サーフィンの場合、High-cost and High-fidelity (高額かつリアリティの高い)のWave poolを建設してしまえば、ほぼすべてのサーフィンの技術のSimulationをカバーできますが、現代の医療の技術すべてに対しHigh-cost and High-fidelityのSimulatorを買っていたら経済的ではありません。危険を伴いかつ習得に時間がかかりそうな技術を、学習者に必要最低限のリアリティを感じさせながら反復練習する環境を指導者が提供すればいいのです。これからの指導者は、どうすればあなたにしかできない技術をSimulation trainingに落とし込めるかを常に考えなくてはならないと思います。そしてそのTraining方法は、自分の病院だけでなく、ほかの病院でも実践でいるようなものでなくてはなりません。
  つい20年前まで非常にPrimitiveだったサーフィンの教育は、Wave poolの出現により、Simulation-based educationの領域に入りました。サーフィンに負けないよう、Primitiveな日本の医学教育も変化していかなければならないと強く感じます。
 
 ② 留学前のヴィジョンが実際に留学してどう変わったか?
 医学教育に関わっている方たちの一部が、こういう発言をするのをハワイで何度か見かけました。医学教育の研究をしない言い訳として、『教育の分野はインパクトファクターが低いから、、』と言っている先生方です。このような発言を聞くたびに、インパクトファクターなんてまずは置いといて、医学教育の研究でとにかくpublishすることの必要性を強く感じるようになりました。
 
 ③ これから留学を夢見ている方へ
第1回レポート ”『日本だけでやっているとわからないことがあるから出ろ!』と言ってるんです。” が、これから留学を夢見ている方たちへのメッセージです。ぜひ、見てみてください!
( 第1回レポート https://sunrise-lab.net/blog/2018/2563/ 参照)
 
④ 来年も留学継続の人はその抱負等も。
来年度からついにハワイ大学医学部の学生に協力してもらい、エコーの教育の研究が始まります。
ハワイ大学でのエコーカリキュラムの導入と、その結果をまとめて必ずpublishする。そして、教育を通じてハワイ大学の学生全員と友達になる。
以上の目標が達成されたら、いつでも胸を張って帰国できると考えてます。
 

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重城 聡(Hawaii, US)