Learning Curve Theory ~コスパの悪い努力をしたくないための~

今回は、私の留学中のSimtiki Simulation Centerの業績と、医学教育で注目されているトピックを紹介いたします。とくに、Learning Curve Theoryの話題は、とくに面白いので読んでみてください。
1. SimTiki simulation center, University of Hawaiiのこれまでの業績
SimTikiでは医学生から研修医をはじめ、医療従事者に対して多種・多様なSimulation教育を行っているので、等施設で行われる研究は、教育プログラム自体の有効性・使用するsimulatorの妥当性・指導方法の比較・教育効果の評価基準の妥当性の検討などを実際の教育プログラムに参加している生徒などのfeedbackを参考にして行われています。
publishされている論文を挙げると、
“Airway intubation in a helicopter cabin: video vs. direct laryngoscopy in manikins.” Aviat Space Environ Med. (ヘリコプター内でのビデオ喉頭鏡の挿管成功率に関する研究)
“Self-Debriefing vs Instructor Debriefing in a Pre-Internship Simulation Curriculum: Night on Call.” Hawaii J Med Public Health. (専門スタッフがfeedbackを行う場合と、生徒だけでfeedbackを行う場合の教育効果の差の研究)
“Technology-enabled interprofessional education for nursing and medical students: A pilot study.” J Interprof Care. (遠隔教育の実現可能性の研究)
最近の医学教育のトピックの1つとして、VR (Virtual Reality)の使用があります循環器の領域だと、とくに理解するのが困難な複雑心奇形の心臓モデルをVRで教育し、小児心臓外科医の教育に生かす試みが始まっているようです。ただSimTikiでは、教育方法としてVRはまだ取り入れられていません。

2. 最近注目の論文 ~Learning Theoryについて~
皆さまの中には、小学生の頃から、テストで高得点をたたき出し続けて来られた先生もいれば、なかなか成績があがらずテストに苦労した先生方、いろいろいらっしゃると思います。子供や生徒個人の能力の問題で片付けられがちな学習の問題ですが、いままでに学習理論などを本気で考えて次世代の教育にあたったり、また自分のために自らの学習計画を学習理論を考えて、計画・立案されてきた方はどれくらいいらっしゃいますでしょうか。ここでは、先月のsimulation educationの雑誌であるSimulation in Healthcareの中でトピックになっていたシミュレーション教育の科学的理論を紹介します。
Pusic, Martin V et al. “Role of scientific theory in simulation education research.” Simulation in Healthcare. 13.3S (2018): S7-S14.
まずこの論文で紹介されているのが、Bryan, William Lowe, and Noble Harter. “Studies in the physiology and psychology of the telegraphic language.” Psychological Review の1897年にインディアナ大学で行われた電報解読技術の学習に関する論文です。これは、Learning Curveの科学的理論を初めて発表したものです。2人の学生 (18才のWill君と17才のEdythさん) を被験者として、電報の送信・受信の技術を教育し、約40週にわたり毎週土曜日に送信・受信のテストを行いました。テストでは、1分間に送信・受信できる文字数を測定し、以下のように電報の送信”Sending”、受信 “Receiving”のそれぞれに対してLearning Curveを描いてます。(Fig. Ⅸ: Edythさん Fig. Ⅹ: Will君)
X軸: 練習の時間 “Weeks of Practice” Y軸: 1分間に送信もしくは受信できる文字数”Letters per minutes”
Bryan telegraphic language Learning Cureve Fig. ⅨBryan telegraphic language Learning Cureve Fig. Ⅹ
その後、1919年にThurstoneが発表したパソコンのタイピング学習のLearning Curveを導出し、Learning Curveの数学的特徴や学習における意味付けを行っています。
Thurstone, Louis Leon. “The learning curve equation.” Psychological Monographs 26.3 (1919)
この研究では、83人の学生が参加し、1日2時間のタイプライティングの練習を週5回行うように指示され、また同時に、4分間のパソコンのタイプライティングのテストを毎週(合計28週)行い、Learning Curveを描いています。
X軸: 練習時間 “Weeks of Practice” Y軸: 4分間で入力できる単語数 “Words in four minutes”
Thurstone learning curve equation Fig.13
また、タイプライティングの曲線には漸近線 “Asymptote” が存在し、漸近線が216 wordsであることより、どれだけ練習しても4分間に216 words、つまり1分間に54 words以上は早くタイピングすることはできないと結論つけています。(もちろんこれは、当時使用可能なパソコンとトレーニング方法から算出された曲線であるので、現在の曲線は異なるものと考えられます。ちなみに、現在のタイピングの最高記録は、216 words/minuteのようです。)
このような先人たちの功績により、現在、Learning Curve Theoryでは、Learning Curveは必ず、f(x)=1/1+e-xのようなLogistic (S-shaped) patternをとると結論づけられています。
以下、Learning Curveの各phaseの特徴を述べます。
(i) Initial latent phase: 効率的に学習するための要素を獲得する時期。一方、明確な能力の上昇は認められない。一部のsystemでは、このphaseはとても短かったり、存在しない場合もある。
(ii) Rapid early learning: 急速に学習効率が上昇するphase。ひとつのlearning taskを学習するのに、より少ない労力で済むようになる。
(iii) Inflection point: 学習速度が低下してくるポイント。対数的成長へとかわる (Logarithmic growth pattern)
(iv) Law of diminishing returns: Inflection pointのあとは、同じ学習効果を得るのに、より多くの労力が必要となる。いわゆる、”収穫逓減の法則”である。
(v) Asymptotic improvement : 漸近的成長。少しずつは成長するが、ある一定のライン以上には決して到達できない。
このようなことを理解したうえで、医学教育の研究計画を立てることが重要であると著者は説いており、最後に次のような言葉で論文の内容をまとめています。ある2つの教育ツールの教育効果を比較する場合、アウトカムを教育後に施行するpost-testの点数に設定し、両者の教育効果を比べるというのが教育研究の定石である。だが、それに加えて、我々シミュレーション教育に関わる研究者はLearning Curve Theoryを意識して、教育効果の上昇率・教育効果の漸近線の値などを意識して研究計画を立てるべきである。点ではなく、曲線で考えろ!。Learning TheoryをはじめとするScientific Theoryを研究者がより意識することで、研究はより合理的なデザイン・解析方法を選択することができ、結果がより正確なもとのなるはずである。
最後にこの論文を読んだ個人的な感想を述べます。
どんな分野の学習においてもLearning Curve が存在するのであれば、常に私たちは、自分の能力・学習方法・環境などでなど決定されるこの曲線のどの位置にいま自分がいるのかを意識するべきだと私は考えます。また、この曲線はいい意味で我々に限界を教えてくれるものでもあると思います。Learning Curveが成長するのにあまりにも時間がかかる曲線であるならば、その分野の学習を中止するのもひとつの選択肢であるし、またLearning Curve上の自分の位置が、漸近線に近づいているのであれば、他の分野の学習に切り換えるのを検討するのも一案だと考えられます。特にこのような考え方は、海外留学のような、与えられる時間と環境がほぼ決まっており、かつ一定の結果を出す必要がある場合にとくに重要になってくると私は考えます。
『無いものを探すのではなく、有るものをどう使うか。』
なんだか、また、日本代表のサッカー選手の言葉に通じるものがある気がしてなりません。

s_jujo
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重城 聡(Hawaii, US)