臨床医として

真理とは常に表裏一体であるものですが、留学のダークサイドについても、留学のアドバンテージと表裏一体と言えるでしょう。アドバンテージとはなり得ないのは金銭的負担くらいでしょうか。これについては企業の駐在社員の待遇と比較すると雲泥の差ですが、あちら側にもあちらなりの苦労があるでしょう。金銭的負担については自分でコントロールできるものでもないので、ここでは触れません。留学のダークサイドについて触れると同時に、それがいかにアドバンテージになり得るか、お話できればと思います。
どんな施設にせよ留学すると同時に、それまで生活していた日本の環境から突然、根こそぎ切り離されます。衣食住の調達手段、言語もままならない、頼れる人もいない、全てが同時多発的に発生する、このストレスは想像を絶するものです。しかしこれらはある意味、留学に織り込み済みの経験です。家族と力を合わせ、時間をかけて少しずつ生活が楽しめるようになるものです (僕の場合は99%妻に頼りっきりでしたが)。
これらとは逆に、時間が経つにつれて存在が明らかになるネガティブフォースといえば、患者を前にした時の臨床医としての腕でしょうか。留学中に患者とどの程度接することができるかは、各人の状況によって異なるでしょう。しかし、留学前は主治医として責任をもって患者を診ていた生活から、外来なし、On callなし、手技を見学(±参加)することはあっても、基本的に特定領域にフォーカスしたデスクワーク中心の生活が続くわけですから、自分の担当する診療科全般領域を診る臨床医としての力量は維持することも難しいです。臨床医としての総合力を 1) 患者を診断する能力、2) ベストな治療法を選択する能力、3) 実際に治療する能力(手技など)、そして4) 患者と接する人間的な力と分類すれば、アカデミックな功績は1)、2)に結びつくでしょうか。いずれにせよ、非常に偏った力の伸ばし方にちがいありません。賢く、器用な方であれば自分のテーマ以外の分野、一般領域の分野も目を配り、キャッチアップしていけるかもしれませんが、自分を含めほとんどの人には不可能です。また実際の患者を診て、経験することでしか得られないものが非常に大きいです。
一方で、一生懸命に患者を診るがゆえに、与えられている時間も等しく24時間しかないがゆえに、いち臨床医としていると決して見ることのできない、経験することのできない世界があることも事実です。先に触れた、留学直後のストレス、自分の無力感、一から信頼を築いていく過程、他者の助けのありがたさ、さまざまな失敗、成功経験から学ぶことが留学の最も意味あることではないでしょうか。それまでの「お医者さん」では経験しえなかったことから多くを学ぶことで、一人の人間として成長したとき、最終的に患者と接する人間的な力へとつなげることができれば、何も恐れることはないと思います。

s_yung
s_yung
尹 誠漢(Seoul, Korea)