良い研究は常に解決した問題よりも多くの問題提起を行う ~出典不詳~

”最近注目の論文”ということですが、主語は”私”になります。”私”が、最近自分の分野で注目をしているということです。悪しからず、ご了承を(笑)。先人の知識を精緻に語るには、私では力不足と恥じ入るばかりですが、2編取り上げたいと思います。1編は私の留学施設からの論文。もう1編は、誰もが一度は遭遇する”あの不整脈”に対して、誰もが悩んだことのある”ジレンマ”について、です。
まず当施設からの論文。
Are wall thickness channels defined by computed tomography predictive of isthmuses of postinfarction ventricular tachycardia?
Heart Rhythm. 2019 Jun 15. pii:S1547-5271(19)30557-0. doi: 10.1016/j.hrthm.2019.06.012.
電気生理学の少しマニアックな内容になります。
この論文で言いたいのは、2点です。1つ目は電気生理学における技術革新です。もう1つは、この技術革新で、私が”おばか”になる可能性がある、ということです。
この論文の主旨は、ずばり”CT画像だけで、至適アブレーション部位を決めることができる”です。もう少し細かく言うと、電気生理学的検査(EPS)をしてアブレーションたる治療行為をするというのが、今までの不整脈治療の常識でした。すなわち、心臓の中のあらゆる電位を測定して、”悪さ”をしているところを探して、そこをアブレーション(焼灼)すれば、不整脈は治る、ということです。この”悪いところ”を特定するためのEPSが、治療成績、患者さんの予後に直結するわけです。ところが、この”悪いところ”を特定するための電気生理学的検査が、いろいろな要因から難をきわめるわけです。しかし特殊なCT撮像をすれば、CT画像のみから”悪いところ”を特定し、EPSをしなくてもアブレーションできる(かも?)、という趣旨の論文です。未来から見直したとき、この論文が不整脈治療の、アブレーションのパラダイムシフトとなっているかもしれません。専門的な立場からは、これには様々なメリットがあります。ひとつ、治療用のカテーテル一本でよい。EPSには何本もの(4本以上のことも)カテーテルを使用しますが、EPSをしないので、EPSのためのカテーテルは不要です。術後の安静や入院期間にも影響するかもしれません。ふたつ、手技時間の短縮。EPSをしないので、その分時間が節約できます。EPSの時間が時に4-5時間に及ぶため、大きなメリットとなります。みっつ、上記二つの理由のため、術者も心理的負担がなくなります。いいことばかりですよね(笑)。技術の進歩がマッピング(電位の測定方法)の向上に直結していたのが、今までの技術革新でした。しかしこの技術革新は、EPSそのものを不要にしてしまう可能性を秘めています。画像技術の進歩もついにここまで来たかという感じです。
ではデメリットは何でしょう? 私見ですが、術者にとって”楽しくない”ということしょうか。私は、EPSが好きです。細かい電位を見るのが好きです。同じ電位を見ながら、自分だけしか認識していないものを発見する喜び。電位だけから不整脈の機序等を解明しようとする試み。パズルのような、宝探しのような気がします。EPSは不整脈治療の醍醐味と言っても過言ではないと思います。ところが、そのEPSが要らないというのです。少し寂しくなってしまいます。また電位を診る機会が減ってしまえば、やはり見る目も衰えてしまいます。医療に限らず技術革新は、利便性という怠惰をもたらします。電位を診ない、診られない”おばか”な不整脈医になってしまわないかと恐れています。「Be Electrophysiologist. Do not be Ablationist」。EPSなしでも、アブレーションすれば、侵襲的介入したのでいいことをした気になってしまいます。そのような人たちをAblationist、すなわちアブレーション(だけ)する人として皮肉った大家の言葉です。電位をしっかり読んだうえで治療をするElectrophysiologistになりなさい、という深淵なメッセージです。自分を戒める言葉として、折に触れて思い出すようにしています。EPSなしでアブレーションするとなると、おバカなAblationistになってしまうのでは、と少し怖い気がします。
 
もう一つは、誰もが持ったことのある疑問に答える論文です。
Early or delayed Cardioversion in Recent-Onset Atrial Fibrillation.
N Engl J Med. 2019;380:1499-1508. doi: 10.1056/NEJMoa1900353.
「救急外来に、心房細動の患者さんが来たら、どうすればいいか?」、すなわち「除細動すべきか?」という命題です。救急当番をすると、循環器科医のみならず必ず遭遇するのではないでしょうか?
この論文の結論は、「救急外来で除細動してもしなくても、その後の洞調律の維持率は変わらない」ということです。すなわち、救急外来で除細動をしなくても、後日外来で患者さんの経過を診ても、自然と洞調律になっているので、救急外来で除細動する必要はないということです。救急当番をする医師にとっては、朗報です。有症候性の発作性心房細動の患者さんが、救急外来に来ると、患者さんの症状を取るために除細動をしなければいけない衝動に駆られます。でも、抗不整脈薬や麻酔薬を使用するリスク、電気的除細動を行うリスクと、常に背中合わせです。時に入院を要する経過観察を必要としますが、これは医療経済的負担となります。この論文は除細動せずに経過を診る”wait-and-see approach”をしても、救急外来のその場で除細動しなくても、脳梗塞リスクや心不全リスクが増すわけではない、という朗報です。
また私が、個人的になるほど、と感じたのは、Discussionに記載がありますが、「自然に洞調律に復した経験値が、患者さんにとっても、心房細動に対する治療の認知、治療の選択肢を広げることになる」という点です。救急外来に、心房細動による動悸などの胸部症状で来る患者さんは、たいてい症候性です。しかし、心房細動による症状が自然に止まりうるという経験を積むと、患者さんも次回の発作の時に、症状に対するとらえ方が変わると思います。「発作性心房細動は必ず自然停止する」というのが、私のEBM (Experience Based Medicine)であり、どちらかというと除細動は極力しないようにしてきました。しかし、この論文を読んで、私のExperience Based Medicineも立派なEBM (Evidence Based Medicine)になったと自己満足している今日このころです。明日の診療からにも応用できそうです。

t_nakashima
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中島 孝(Bordaeux, France)