ドイツから見た日本の医療

ボン大学リサーチフェロー 田中徹

 

今回は、世界の各国と日本の医療の違い、というテーマなので、私の留学先のドイツと日本の医療との違いについてまとめたいと思います。

 

①日本の医療の問題点と誇るべき点

まずドイツの医療制度についてわかる範囲でまとめてみたいと思います。医療制度の専門家でもないので、間違えていたらすみません。

保険制度は公的保険があり、さらにプライベート保険もあります。被雇用者は少なくとも公的保険に加入しており、経済的に余裕があればさらにプライベート保険に加入するといった様子です。ビザの発給に医療保険の加入が明記されておりますので、移民などの外国人もみな医療保険に加入しています。そのため、医療が受けられないとか、急いで退院しないと、などのことはなさそうです。

そのように基本的な医療行為については公的保険でカバーされておりますが、プライベート保険は飛行機でいうビジネス・ファーストクラスのようなものです。プライベート保険用の病棟が用意されており、外来診療やカテーテル治療なども診療科のトップが行います。私の施設では必ず穿刺から止血まで全てDirectorのNickenig教授が治療を行います。

また、かかりつけ医制度が確立されていて、小さな開業医で基本的な診療を受けています。小さなクリニックであっても専門医を持っている診療科しか標榜できないので、循環器疾患であれば循環器専門医の開業医で定期検査や慢性期の管理のほとんどが行われています。大学病院などには手術や入院治療を要する場合にのみ来院するケースが多いようです。

病院での医師の業務は各病院によっても異なるかと思いますが、基本的に各々が配属されている部署の業務のみを行います。そのため、カテーテル治療で合併症があって集中治療室へ入室したら説明やその後の治療などは集中治療病棟の医師が行い、カテーテル治療を担当した医師の手からは離れていきます。また、非専門医、専門医、上級医、病棟長・カテーテル室長、Directorと明確なヒエラルキーが確立していて、判断を仰ぐために必ず責任者への報告・相談が求められます。

このような医療システムのドイツですが、傍から見る限りでは非常に効率的なシステムとなっていると思います。政治的・経済的な視点からどうかはわかりませんが、公的保険+私的保険という階層性になっていて、医療を受けられないという患者がいない一方で、病院にも提供するサービス・医療への見返りとしての収入が見込めます。また、開業医と病院の役割分担もしっかりしているため、病院の過負荷も避けられています。こういったシステムは日本にも取り入れられればいいな、と思います。また、休暇もしっかりとる風潮になっているので、医師も年間で6週間の休暇をとるように義務付けられています。ただ、ハイパーな先生は休暇中も病院で研究などの自分の仕事をしていて、そこは日本と変わらないなと思います。

ドイツでは上限のある医療資源を用いて上述のような確立されたシステムで効率良い医療行為を継続していくということに重きを置いている印象です。患者が集約される病院において、上限のある医療者の労働時間、限られたカテーテル室・検査室で、多くの患者へ医療行為を提供することを第一として、そのための負担は医療者だけではなく患者へも求められている気がします。そして、それも患者側も受け入れているのだと思います。CT室の前では検査を待つ患者のベッドが並び、また、他の治療が終わらず治療医が来られないためカテーテル台の上で横になった患者が治療開始を1時間も待つこともあります。

そうしたドイツの医療は、患者第一として患者への接遇・思いやりを何より重んじる日本の医療業界では考えにくいことだと思います。サービスをする・されるのが当たり前な日本では、医療においても患者を第一とし、それにかかる負荷の多くは医療者に強いられているような気がします。ドイツ人からは「日本人は働くのが好きね。」とか「過労死って何?日本人は死ぬほど仕事するの?」とか言われます。医療や看護の内容は他国と比較しても申し分ないと思うので、もう少し医療者にも優しいシステム・意識変容を進められればいいのかなと思います。現状では、医療者として働くならドイツ、患者として医療を受けるなら日本と、どうしても思ってしまいます。アメリカで働いているドイツ人は「医療者として働くならアメリカ、医療を受けるならドイツ」と言っているようなので、アメリカは更にすごいのだろうなと想像します。

 

②ディベート・プレゼンテーション能力

ドイツ人は議論するのが好きですし、プレゼンテーションも上手だと思います。コロナ禍における、メルケル首相を始めとするドイツの政治家と日本の政治家の演説を比べるだけでその差がはっきりするかと思います。ドイツ語の発声にもよるのか、プレゼンテーションからは力強さがひしひしと伝わってきます。医療者でも同様でカンファレンスなどでの発表は皆、堂々としていて力強いです。多くの日本人と同様に私もそうした能力は劣っていると思いますので、少しでも見習いたいと思います。

海外では基本的に何を考えているか、何をしたいか、を伝えないと何も始まりません。それは研究や医療に限ったことではなく、生活面でも同様です。買い物で割引されるものもされません。レストランで頼んだビールもなかなか来ません。そのため、留学を始めてから「とりあえず言ってみる」ということの大事さを学びました。言ってみて怒られたら、それはそれで仕方がありません。研究もstudy protocol を作って、ダメ元で言ってみたところから始まりました。とは言え、やはり日本人なのでそういったやり取りに疲れてしまうときもあります。留学前からそうした話を聞いたり、読んだりはしていましたが、いざ実際に体験するとまた違ったインパクトを受けました。百聞は一見にしかず、とはよく言いますが、本当に海外留学してみないとわからないことでした。留学が終わるときまでにそういった精神的な面も鍛えることができればと思います。ただ帰国後も日本で同じようにしていると、ただのクレーマー扱いされそうなので気をつけます。

 

例年2月にドイツではカーニバルがあって1週間にわたり仮装してパーティーやパレードが行われるそうです。今年はコロナの影響でもちろん中止になってしまいましたが、土日には家族で仮装して街を散歩している人々が見られました。また、病院の敷地内では入院患者のために仮装してコンサートが開かれていました。循環器チームも金曜日の夜に休憩室でこっそり(?)スパークリングでお祝いしていました。

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田中 徹(Bonn, Germany)