イタリアから見える日本

1. 医学教育および卒後のシステムについて
小学校に入学する年齢は日本と同様だが,イタリアの小学校は5年間である.中学校は日本と同様3年間であるが,高等学校は5年間となっている.その後大学入試を受けるわけだが,医学部に入学するには,最難関というわけではないが,日本と同様ある程度のレベルが求められるようである.年限は日本の医学部と同様6年間であるが,卒業後,約3ヶ月間,内科・外科・診療所をローテートする必要がある.このローテート後,さほど難しくないということであるが,ある試験を受ける必要があり,この試験に合格後,どの病院で研修をするのかいわゆるマッチングに進む.この試験やマッチングにある程度の時間がかかるようで,実際に臨床研修がスタートするまで卒後,約1年要するとのことである.現在のイタリアでは,臨床研修開始時に専門を決めるのが一般的である.ちなみに,循環器内科や皮膚科などに人気がある一方,外科はあまり人気がないらしい.研修期間は5年間(外科の場合は6年間)あり,その後に一人前の専門医となる.研修制度が異なるため単純には比較できないが,一人前になるまでに医学部入学後12年(外科の場合は13年)かかるというのはやや長い印象がある.ちなみに定年退職する年齢は,年々変更があるようだが現在のところ65~67歳らしい.就職する病院に関しては,基本的には日本の医局制度のようなものはない.卒業大学や研修した病院の先輩医師たちとはつながりがあるようだが,その後の就職先に関しては各個人で病院と交渉している.日本とイタリアのどちらの学校制度が優れているのか,その判断は容易ではないが,参考にすべき点はいくつかあると感じる.最近の医学部教育では,教養課程が削られ,その分早くから医学に関する講座が始まる傾向がある.早くから医師としての自覚を持たせ,医師教育を行なっていくという点では賛同できるが,推薦枠の増大や高等学校での授業内容の変更などにより,基礎学力(もっと正確に言うと,科学としての医学を学ぶ『知恵』)が欠如している可能性を危惧している.医学部卒業生のほとんどは臨床医になるわけだが,人間である患者さんを対象とする仕事である.人間の行動原理や感情を理解する上で,哲学・文学・宗教について深く学ぶことは非常に有用であると考える.また特に最近感じるのは,臨床研究を行う上での統計力や,論文を執筆する上での国語力(文章構成力)などは,専門課程に進む前に学んでおくほうが良いだろう.この点で,イタリアのように専門に進む前に一般教養を学ぶ期間を設けることが望ましいと考えている.また,日本の医局制度については賛否両論あるが,地方(特に医師不足が顕著な地域)にとっては必要な医師配給システムである.数年前の臨床研修義務化により,地方の医師不足が顕著になった事例を考えても,今後も維持すべきシステムであることは間違いない.イタリアでは,日本と比較して人口の集中がそれほど激しくないため,全ての医師が自由に就職先を選ぶシステムでも,医師返事は大きな問題となっていないのかもしれない.同僚たちを見ていると,日本の医師に比べて早くから目的意識を持っている印象がある.例えば,向こう3年は救急医療を学び,その先5年はカテーテル治療を学ぶ,と言った感じだ.そのために,自分自身で様々な病院のポストに応募している.日本の医局制度全てを変える必要はないが,勤務先病院をもう少し自由に選べるようになれば,病院にとっても医師にとってもメリットがあるのではないかと感じる.また病院制度の改革が必要になるため決して容易なことではないが,病院単位で国際競争力を増していくためには,一般企業で言うところの吸収合併が必要ではないだろうか.ある程度のセンター化は,臨床研究だけでなく日常臨床においても,メリットが大きいと思う.
 
2. 日本の医師免許について
最近,当施設へスロベニアからのクリニカルフェローがやってきた.スロベニアは旧ユーゴスラビアに所属していた国の1つであり,1991年に独立している.イタリア北東部と国境を接していて,人口約200万人の小さな国である.彼が初日から何の問題もなく臨床業務に従事しているのを見て驚いたが,実はスロベニアは2004年にEUへ加盟していたのだ.そのため,自国の医師免許は基本的にEU諸国内で通用するようになっている.現在も,日本から海外へ飛び出して留学したいと考える若い医師は少なからずいる.基礎研究であればさほど問題にならないが,臨床留学となるとこの医師免許問題が大きな妨げになるケースがある.制度が違うため,いきなり日本の医師免許をEUと同等にするのは困難と思われるが,例えば,学会同士で提携し施設限定の免許を取りやすい状況にするなど,いくつか方法は考えられる.現在では,日本から海外への留学生の数が海外から日本への留学生の数を上回っており,いわば『輸出超過』状態となっている.上記したように,日本の病院が国際競争力を増し,海外から日本への留学希望を増やすことも必要である.また欧米との提携はもちろん重要であるが,日本の医療レベルを維持するためには,アジア諸国との連携も大切になってくる.地の利を生かし,学会レベルだけではなく,病院レベルで積極的に交換留学が出来るようアジア諸国内で医師免許の提携が進んでいくことを望んでいる.
 
3. カテーテル室での業務について
日常業務においては,循環器内科の中でも細分化・専門化が徹底している.不整脈疾患に対するアブレーション治療と虚血性疾患・ストラクチャー疾患に対するカテーテル治療を行う医師が完全に分かれていることは当然のことであるが,そもそもインターベンション治療を行うチームと病棟業務を行うチームが完全に分かれている.カテーテル治療後に,患者家族に対してムンテラを行うことはあるが,入院中の病状説明に関しては病棟チームが行うことになっている.したがって日本でよく見られるような,インターベンションを行う医師が,入院患者も多く担当し,看護師への指示出しや家族への定期的なムンテラを行う光景は見られない.当施設では,インターベンションチームであっても若手の医師には,エコー当番や救急外来当番などがあるようだが,ある程度以上の医師は,基本的に毎朝カテ室に来て,症例が終わったら帰宅するという毎日である.カテーテル検査・治療の適応についても,そのほとんどは病棟チームや外来担当医師が決定するため,時に適応に疑問符がつくこともある.どちらのシステムが良いのかは一概には言えないが,カテーテル治療に集中できる環境としては,専門分化しているこちらのシステムの方が良いような気がする.特に,早めに症例が終わった日に,臨床研究の準備や論文作成に勤しんでいる同僚の姿を見ると,羨ましくさえ感じる.もちろん,医師として,そして内科医としてしっかりとした診察が出来ることは大前提であるが,上記したようにインターベンション専門医としてキャリアを開始できるようになるまでに,卒後5年間,循環器内科医として研修が必要とされている事を合わせて考えると,理にかなっているようにも思える.卒後研修システムの違いや,医師の偏在問題などがあり,このシステムをそのまま日本へ持ってくることは出来ないが,現在多くの臨床医にとって,外来・入院業務が大きな負担となり,臨床研究や論文作成に時間を割くことが困難な状況である.治療実績だけでなく,学術活動を評価する仕組みを,より多くの施設で取り入れていって欲しい.

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梅本 朋幸(Italy)