明日って今さ

皆様はじめまして、カリフォルニア大学サンディエゴ校/退役軍人病院循環器内科にVisiting scholarとして留学中の堀内優と申します。本年のレポーターを務めさせて頂きます。お付き合いいただけましたら幸いです。今回は留学の経緯に関してレポート致します。
 
2008年の夏、所属していたサッカー部を一年早くやめ、気が抜けたような、東医体を戦う同級生に後ろめたいような気持ちを抱きながら、医学部6年生として東京の病院を初期研修のために見学していた。おっとりした新潟から出てきて、都会の優秀な医学生たちに圧倒されながら、日々気疲れして山谷の安宿に帰ってはテレビで北京オリンピックのサッカーを見た。北京世代と呼ばれた彼らには、本田圭佑選手、長友佑都選手、岡崎慎司選手、香川真司選手など現在活躍している選手が多く含まれていた。しかし彼らはちぐはぐなまま全く良いところなく3連敗し、グループリーグで敗退して早々に大会から去っていった。長友選手は初戦のアメリカ代表サイドバックに圧倒されっぱなしで、本田選手は戦術批判でバッシングを浴びた。どこか煮え切らない自分の気持ちを彼らに投影し、その後彼らが悔しさを糧にするように海外に挑戦していくのをみて勝手に親近感を抱いて応援していた。その後私は聖路加国際病院で初期研修を、三井記念病院で循環器内科医として後期研修を行った。日々の生活はハードで今から考えると正気を失っていたことも多々あったと思うが、朝起きて海外サッカーの結果をチェックし、彼らが活躍をしているのを見て励まされた。同年代の彼らが体一つで世界の一流選手としのぎを削っているのを見て、自分だって彼らと同じ人間でましてや同世代なのだから、いつか彼らと同じように海外の大きな舞台に挑戦してみたいと思っていた。
 
循環器内科医として後期研修から5年間お世話になった三井記念病院は虚血性心疾患の診療を専門とするスタッフが多く、ダイナミックな急性期治療が好きであった私も日常診療のほとんどをカテーテル検査・治療が占めていた。それと同時に循環器急性疾患として数多く経験したのが急性心不全であった。急性冠症候群の治療がほぼ標準化されているのに対して、急性心不全は患者の病態が刻々と変化するのに合わせて治療を調整する必要があることに奥深さを感じていた。2015年の夏に田邉健吾部長と進路に関して相談した際に、心不全に興味がありできればその分野で留学したいということを申し出た。そして日本最大の急性心不全レジストリ研究であるATTEND registryでご高名な佐藤直樹先生、梶本克也先生をご紹介して頂いた。お二人ともお時間をとって縁もゆかりもない私の話を聞いてくださり、いくつか留学先の候補を与えてくださった。その中で特に推薦して下さったのが、現在のボスであるUCSDのAlan Maisel教授であった。急性心不全の診断におけるBNPの有用性を確立した人物であり、循環器疾患におけるバイオマーカーの世界的権威である。彼のこれまでの論文を見て、何となく疑問に感じていたことが、彼のもとでは追及できるのではないかと思った。
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写真1:田邉先生と最後のカテーテル治療(卒カテ)の後に
 
急性冠症候群といえば、皆が狭窄・閉塞した冠動脈にステントが留置されてエビデンスに基づいた薬物療法がおこなわれるところまで思い浮かべることができる。しかし、急性心不全は診る医師により病態のとらえ方が異なることがあり、治療方法もあまり標準化されていない。呼吸器内科の指導医に、「この患者さんは急性呼吸不全で入院しました」と報告すれば「喘息なの? COPDなの?」と叱責されること間違いなしであるが、循環器内科では「急性心不全で入院しました」が許されるのはなぜなのだろうか。治療の選択や効果判定も経験に基づいたアートな部分が多く、あいまいさが排除しきれないのはなぜなのだろうか。様々な臨床試験がなかなか良い結果に結びつかないのも、そもそもの基本的な病態がはっきり認識できていないから、急性冠症候群でいえば非責任病変にステント留置するようなことになってしまい、アウトカムの改善に結びつかないのではないか。採血採尿で測定できる多種多様なバイオマーカーは、複雑な病態を様々な角度から網羅的かつ客観的に検討できて、もう少し疾患概念を掘り下げることができるのではないか。また、正しく解釈できれば病態に即した治療法を選択し、その効果をバイオマーカーによって判定することができるのではないか。さらにMaisel教授のこれまでの論文は実臨床に即したテーマが多く、臨床を大切にする姿勢がありありと伝わってきた。2016年の夏にMaisel教授が講演のために横浜にいらした際に佐藤先生に直接ご紹介頂いてご挨拶し、受け入れてくださるとの返事を頂いた。その際の講演は単にバイオマーカーの値の高低に終始するものとは程遠く、臨床的見地とウィットに富んだ素晴らしいものであった。
 
日本人としては初の(久々のかもしれない)Maiselラボへの留学であり、条件として何が必要なのかはっきりせず1年前は色々と不安であった。①PhDを要求されるのではないか。これは持っていないしすぐに取得できるものでも当然ないので、この時点でアウトである②グラントが要求されるのではないか。ある程度の自前のグラントを持ってこられないと受け入れてくれないラボも多い。グラントはPhDを要件にしていることも多く、この場合も条件は厳しい。③TOEFLが要求されるのではないか。これは面倒だが対策して受験するしかない。幸いにして①②③ともに要求されず、最大の心配事は無給であることであった。生活費の高いカリフォルニアで妻と息子2人を抱えてどれだけ滞在できるのかは非常に不安であった(というか今も不安である)。また、DS2019取得の際には滞在費が捻出できるかどうかの証明が必要であった。これに関しては三井記念病院の先輩たちが同じような状況で留学していくのを見て、数年前からつつましく生活して貯蓄することでなんとか要件をクリアできた。このような理由もありSUNRISE研究会のサポートには心から感謝している。DSやVISAの詳細な情報に関しては、結局のところアメリカ大使館のホームページやyoutubeの動画を参照するのが最も分かり易く確実である。少し時間はかかるが、一通り目を通すことが最も役に立った。
 
国際学会などで教授の公演があればぜひ参加して挨拶すると良いと思う。何回ものメールのやり取りよりも一回直接挨拶するほうが人間関係の構築にはよほど有用である。余裕があれば留学先の街とラボを事前に訪れることができれば理想的である。私の場合は2015年のACCでサンディエゴを訪問したことがあったのと、2016年のAHAの後にサンディエゴに移動して教授宅で食事を頂きながらお話することができた。この際に街の様子やマンションの下見ができたのは所帯持ちとしては非常にありがたく、学会参加に加えて追加のお休みまで快く頂いた三井記念病院循環器内科の先生方にはどれだけ感謝してもしきれない。
 
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写真2:2015年のACCで中高の同級生で循環器内科医である齋藤佑一先生、篠原正哉先生と一緒に。サンディエゴに留学することになるとはこの時は思ってもみなかった。

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堀内 優(San Diego, USA)