腎障害の新規バイオマーカー

サンディエゴではようやくサマータイムが終わり、長い夏から一転して冬の訪れを感じるようになりました。私のボスであるAlan Maisel教授はBreathing Not Properly study (1)により急性心不全の診断におけるBNPの有用性を示しました。その後、BNPおよびNT-pro BNPは診断の他にもリスク評価や、治療効果の判定にも有効であることがこれまでに示されています。BNPは心不全における最も代表的なバイオマーカーであることは万人の認めるところであり、ここしばらくの関心事は「BNPやNT-pro BNPガイドによる心不全治療が予後を改善するか」ということでした。メタ解析(2)ではBNP/NTpro-BNPガイド治療では全体として死亡リスク軽減を認めていますが、高齢者に限れば有意な差は認めませんでした。最近の報告(3)では有用性を認めず早期終了とのことで、一般的に有用であるとは証明されていないというのが現在の結論でしょうか。
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(文献3より)
 
前置きが長くなりましたが今回はBNPではなく、最近の教室の業績であるAcute kidney injury NGAL evaluation of symptomatic heart failure study (4)に関して概説しようと思います。心不全と腎不全は密接に関係しており、一方の障害が他方の障害に影響する状況はCardiorenal syndromeと言われています。急性心不全に対する入院治療の際に腎障害を来すことがしばしば経験されますが、これはworsening renal function (WRF)と呼ばれクレアチニンの上昇やGFRの低下で定義されており、予後不良因子とされています (5)。クレアチニンは実際に腎障害を来してから上昇するまで1-3日のタイムラグがあることが知られており(6,7)、腎障害により早期に上昇するバイマーカーを同定できれば、予後不良因子であるWRFを予測し治療の改善に繋げられるのではと考えられていました。
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(文献5より)
Neutrophil gelatinase-associated lipocalin (NGAL) は新しい腎障害のマーカーです。これまでの腎臓マーカーが主にろ過機能を反映していたのに対し、NGALは腎臓の尿細管障害を反映します。NGALは普段は糸球体でろ過され、尿中に排泄されるほか一部再吸収されて血液中に戻ります。腎臓に何らかの障害が加わると尿細管の細胞内で生成されて尿中に排泄されます。また、糸球体のろ過機能が低下すると尿中に排泄されにくくなり血液中の濃度が上昇します。さらに、炎症により腎臓以外でも生成され、これも血液中濃度上昇の一因となります。また、糸球体機能を反映するクレアチニンが腎障害から数日経ってから上昇するのと比べて、NGALは数時間で上昇することが報告されています(8)。これまで心臓術後、集中治療患者、などで、NGALのWRFの早期診断に対する有用性が示されています(9-11)。
これらをもとにして、急性心不全患者でNGALを測定し、腎機能障害を早期に発見しようとしたのがAKINESISです。
背景:WRFは急性心不全にしばしば合併する予後不良因子であり、WRFを早期診断することはリスクの軽減につながる可能性がある。
目的:利尿薬により治療された急性心不全患者におけるWRFの予測に、NGALがクレアチニンより有効であることを示す。
方法:他施設前向きコホート研究であり、利尿薬治療を必要とする急性心不全患者を登録した。Primary endpointは入院5日以内のクレアチニンの上昇(0.5 mg/dl以上もしくは50%以上)もしくは腎代替療法で定義されたWRF。Secondary endpointは院内死亡、腎代替療法、カテコラミンの使用、人工呼吸などのadverse events。
結果:927人が登録され、WRFは72人(7.8%)で観察された。NGALの最大値は入院時の値よりもWRFの予測に優れていたが、最大値・入院時の値共にWRFの予測に関して入院時のクレアチニンより優れていなかった(areas under the curve [AUC]: 0.656, 0.647, 0.652)。Secondary endpointは144人において235項目認められ、入院時のNGALは最大値よりも優れていたが、入院時のクレアチニンより優れていなかった (0.691, 0.653, 0.686)。Post-hoc解析では、eGFR 60 ml/min/1.73m2以下の患者において、入院時のNGAL低値(<150 ng/ml)ではsecondary endpointの発生が少なかった。
結論:NGALはWRFの予測に関してクレアチニンに対する優位性を示さなかった。
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(文献4より)
 
なぜ期待するような結果が得られなかったのでしょうか?まず、クレアチニンで定義されるエンドポイントの予測に、クレアチニン以外のマーカーがクレアチニンよりも有効だ、というのはそもそも無理な話のように思います(これは完全な私見です)。また、AKINESISが開始された2010年代初めから現在にかけてWRFに対する認識は大きく変化しました。WRFは利尿薬による脱水で腎臓の還流量が低下し、腎虚血からから腎障害を引き起こしクレアチニンが上昇するという単一な現象ではなく、うっ血(12-14)、利尿薬による治療(15, 16)、ACE阻害薬やARBの開始(17, 18)、血圧の低下(19, 20)などの様々な要因で引き起こされる雑多な状況であり、WRFそのものよりもWRFが起きた原因が予後を規定すると報告されています。ACE阻害薬やARBは一時的にクレアチニンを上昇させますが、予後を改善することはよく知られています。入院中の適切な利尿治療によるうっ血の解除も、クレアチニンを上昇させWRFを引き起こすことがあるものの、良好な予後と関連します(21)。一方でWRFとうっ血の合併は予後不良因子です(22, 23)。このため、仮にNGALがWRFの予測に関してクレアチニンより有用であったとしても、良好な予後と関係しているかは担保されません。このような状況から、WRFを実際に腎障害を来し患者の状態が悪化する”true WRF”と、一時的な血行動態の変化であり実際の腎障害や患者の状態悪化を伴わない”pseudo WRF”に分類するという考え方も提唱されています(24, 25)。
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(文献24より)
 
参考文献
1. N Engl J Med 2002; 347:161-7
2. Eur Heart J 2014;35:1559-67
3. JAMA. 2017; 318:713-20
4. AKINESIS. J Am Coll Cardiol 2016;68:1420–31
5. Eur Heart J. 2014; 35:455-69
6. Lancet 2005;365:1231-8
7. Pediatr Nephrol 2007; 22:2089-95
8. Nephrol Dial Transplant 2011; 26: 764–6
9. Am J Kidney Dis 2009;54:1012-24
10. Eur J Cardiothorac Surg 2016;49:746-55
11. Circ Cardiovasc Interv 2015;8:e002673
12. J Am Coll Cardiol 2009;53:589-96
13. Eur J Heart Fail 2013;15:637-43
14. J Am Coll Cardiol 2008;51:300-6
15. N Engl J Med 2011;364:797-805
16. Circulation 2010;122:265-72
17. Circ Heart Fail 2011;4:685-91
18. Eur J Heart Fail. 2014; 16:41-8
19. Eur J Heart Fail 2011;13:877-84
20. Eur J Heart Fail 2011;13:961-7
21. Circulation 2010;122:265-72
22. Circ Heart Fail 2012; 5:54-62
23. Eur Heart J 2013; 34:835-43
24. Eur Heart J 2015;36:1437-44
25. Eur J Heart Fail 2017;19:760-7

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堀内 優(San Diego, USA)