私は線維芽細胞の表現型と心疾患の関わりに興味を持って研究を行っています。心臓といえば心筋や冠動脈をイメージする人が多いため、線維芽細胞は心臓を構成する細胞の中では地味な細胞です。しかし、心筋梗塞後のリモデリングや心筋症の組織において観察される線維化像など、不全心が悪化していく過程に線維芽細胞は密接に関わっています。そのため、その機能を明らかにすることは、心疾患の治療を考える上で重要なステップになります。さらに、心臓以外の多くの臓器の間質にも線維芽細胞があり、癌や線維化疾患、膠原病など多くの疾患の病態に関わる可能性があることから、とてもやりがいのある分野と言えます。
今回は線維芽細胞の異常が我々のよく知る心臓の異常「不整脈原性心筋症」や「カルシウム沈着」に関わっている、という論文を紹介し、実験室の研究が臨床応用につながっていく可能性、すなわち”Bench to Bedside”の可能性をお示しできたらと思います。
線維芽細胞は、発生的には間葉系細胞に分類されます。上皮系細胞により臓器が形成されていく間隙に入り込み、その構造の下支えをする、というようなイメージです。同じように臓器間を埋めるような間葉系細胞の仲間に、脂肪や骨、軟骨、筋肉などの組織があります。つまり、発生時に侵入した間葉系細胞は、あるものは脂肪や骨などに分化し、あるものは線維芽細胞として臓器間質に残ります。
そういった発生学的な背景から、線維芽細胞は様々な臓器に分布しています。各臓器の線維芽細胞は全く同じ細胞とは言えませんが、細胞外マトリクスの合成と分解に関わる遺伝子の発現が多い、紡錘状の形態を示す、など類似した特徴を共有しています。
よく研究されているのが骨髄の線維芽細胞です。骨髄の細胞をプラスチックの培養皿に撒くと、線維芽細胞がコロニーを形成します。この細胞群を取り出して、特殊な環境で培養すると、脂肪や骨、軟骨、筋肉などに分化するということが知られています。つまり線維芽細胞は発生時の「いろいろな細胞に分化できる能力(多分化能)」を残したまま存在しているということになります。
さらに、この細胞群の中でもPDGFRαという受容体とSca-1という膜タンパク質を両方発現している細胞が、最も未分化で、増殖能が高い集団ということが日本から報告されています(Morikawa et al. J Exp Med, 2009)。このPDGFRα/Sca-1陽性という特徴を持つ細胞が心臓にもいることはわかっていました。この細胞を培養環境に取り出せば多分化能を持つことも、すでに報告がありました。しかし、培養環境(in vitro)で起こることがそのまま生体内(in vivo)で起こるとは限らず、実際に心臓内で、線維芽細胞が異所性分化する、という信頼性の高い報告はありませんでした。
不整脈原性心筋症(Arrhythmogenic cardiomyopathy: ACM)は比較的若年で発症する、心室性不整脈と心室の拡張を特徴とする疾患です。右心室が拡張する症例が多いため、不整脈原性右心室心筋症(Arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy: ARVC)という病名の方が馴染みがありますが、左心室中心のタイプ、両心室に及ぶタイプ、など亜型が存在するため最近ではACMと呼称されることが増えています。拡張した心室壁を顕微鏡で観察すると、心筋が線維化組織と脂肪組織に置き換わっていることが特徴です。
今までの研究により、ACMの原因遺伝子がいくつか同定されています。その中でも有名なものはPKP2やDSPといったデスモゾーム関連遺伝子の変異です。それ以外にもDES、TTNなどの細胞骨格遺伝子やPLNやSCN5Aなどイオンチャネル関連遺伝子などの少数の報告があります。これらは心筋を中心に発現する遺伝子であり、拡張型心筋症に共通した遺伝子も含んでいます。このように多くの原因遺伝子が同定されてきている一方で、既知の遺伝子異常で説明できるACMはせいぜい35-50%程度とされ、原因遺伝子の全容は明らかになっていません。また、心筋細胞の異常がなぜ線維化や脂肪組織への置換を引き起こすのか、という病態生理もよくわかっておらず、不明な点が多く残されています。
ブリティッシュ・コロンビア大学のRossiラボから最近出た報告(Soliman et al. Cell Stem Cell. 2020)では、線維芽細胞に発現する遺伝子Hic1に注目しました。
Hic1が線維芽細胞の中でももっとも幼若な集団(PDGFRα/Sca1陽性細胞)に発現していることを利用し、この細胞に限定してHic1をノックアウトしたり、蛍光色素でラベルしたりする実験系を確立しました。すると、Hic1がノックアウトされた線維芽細胞が、心臓において脂肪細胞に変化する、という現象が確認されました。さらに、このマウスは心室性の期外収縮や変更電動によるWide QRSが観察され、ACMのモデルマウスとなり得る表現系を示しました。つまり分化ヒエラルキーの上方にある線維芽細胞は、Hic1によってその状態を保っており、Hic1の機能不全により分化が進んでしまい、線維化促進性の線維芽細胞や脂肪細胞に変化してしまう、というストーリーが考えられます。この間質の変化により心筋拡張や不整脈基質が形成されるというわけです。
これらのことは線維芽細胞の異常がACMの病態に関係している可能性を示唆しています。今までに報告された遺伝子異常との関係や、心筋の異常が線維芽細胞に与える影響など、まだまだ残された課題は多く存在しますが、細かいところはともかく、ACMの臨床的な治療開発の手がかりとなり得る、魅力的な報告です。
ラボのホムページではわかりやすい図解が示してありますので、ぜひ御覧ください。
Rossi lab (http://www.rossilab.ca)
心血管系の組織にカルシウムが沈着する、石灰化という現象があります。弁の石灰化は狭窄や逆流の原因になりますし、冠動脈の石灰化はそれ自身が狭窄の原因となるとともに、デバイスデリバリーの妨げとなったり、ステント拡張不良を起こしたりするため、多くの循環器内科医を悩ませる現象となっています。また、たまたま撮影したCTで心筋の一部や心膜が石灰化していて、臨床的には問題がないものの、なぜこのようなことが起こるのか、興味はつきない現象です。
少し前の報告ではありますが、UCLAのDeb labから、「心臓の線維芽細胞に骨分化シグナルを誘導させると、心臓内で石灰化を起こす」という報告が出ました (Pillai et al. Cell Stem Cell. 2017)。
この報告の中で、心臓に「梗塞」「冷凍刺激」「ステロイド投与」など様々な介入を行っていますが、どの刺激においても、線維芽細胞が骨分化するときに上昇する遺伝子マーカー(Runx2やOPNなど)が上昇していることを発見しています。そしてその骨分化マーカーが上昇した線維芽細胞の周囲にカルシウムが沈着していくことも見出しています。さらに、このシグナルを抑制する低分子化合物を使い、カルシウム沈着を抑制する効果があることも示しました。
つまり、病的環境において、線維芽細胞は骨っぽくなろうとし、その結果、組織にカルシウムが沈着する、というストーリーを提示しています。線維芽細胞は血管壁や心臓弁にも豊富に存在することから、このプロセスを抑制することで石灰化を抑制する、という可能性も示しています。
こちらのラボのサイトも参照ください。Deb lab (https://www.deblab.med.ucla.edu/research)
現在当たり前のように使用されている薬も、大学院生やポスドク、研究員が苦労して得た成果が、低分子化合物や抗体製剤などの薬剤開発に繋がり、さらに多くの動物実験、臨床治験を経て開発されたものです。私が行っている研究も、臨床応用につながる新しい手がかりとなるような成果を目指しています。今回紹介してみた報告は、そのお手本のような例です。これらの研究から次の世代の治療薬が生まれるかもしれません。が、残念ながら副作用などの問題から臨床応用には届かないかもしれません。よい研究の結果が必ずしも臨床応用につながるとは言えず、実際に成功した薬剤開発の裏には、膨大な数の、討ち死にしてしまった発見やアイデアがあるはずです。
ただ、それが研究者として失敗と思わない心の持ち方のほうが重要だと考えています。臨床応用されなくても、今まで知られていなかった一つの現象を明らかにするということはとても意味があることですし、次世代の誰かの役に立つかも知れません。生命の神秘をゆっくりと解明していく、Baby stepsの一つになると思えば、そこまで悲劇的なことでもありません。事件捜査を行うある警察官が言った「真実に向かおうとする意思さえあれば、いつかはたどり着く、向かっているわけだから…。」そんな言葉を胸に、今日もピペットを握ります。