酸いも甘いも濃密な時間

イタリアももうすっかり春になった。3月26日からサマータイムになり、朝が1時間早くなるのも貴重な体験だろう。また家中の時計を直さないと。

早いものでレポートの執筆も今回で最後になる。このレポートを通して勝手に親近感を持っていたSunrise YIA同期生の方々の様子を伺っていたのだが、それももうなくなると思うと少々寂しい。加えて、このレポートを書くことは日本語を使う貴重な機会だったんだと改めて感じている。

思えば、留学を決めてから、少しずつだが確実に生活は変わっている。メールのやり取りは半分以上が英語になり、論文や書類など外国語に目を通すことは格段に増えた。だからといって英語ができるようになっていないのが残念なことだが免疫はついた気がする。

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写真1,2,3 Padova駅近くに桜が咲いていた。公園もすっかり緑が映え、春になった実感がある。


予定している留学期間の4分の1が過ぎ、仕事面では放射線防護の手続きがようやく終わった。全身くまなく調べられ、採血に至っては優にスピッツ10本以上取られ、実に4ヶ月近くもかかった。もどかしい時間だったが、この4ヶ月が丸々無駄だったとは思っていない。外国人で言葉の壁がある以上、どうしても母国人とは差が出来てしまう。当たり前の違いや異分子として職場にいることを受け入れることで得られるものも多かった。今はだいぶ自分の時間に取捨選択をするようになり、時にはカテ室を離れて自分の研究と勉強に時間を割いている。留学に来て、手続きは大変でも日本で普段行っていたdutyとしての仕事よりは遥かに少ない。日常業務からすべて開放されて勉強と研究に時間の全てを使えるという経験は、海外に来たことと同程度に貴重だと思う。もちろん日本でも強い意志があれば自分の時間を持つことは実現可能かもしれないが、まったく収入を得ないで自分の時間を作るというのは、特に家庭を持つと心苦しいはずで、海外留学という方が風当たりは弱いと思う。ここでは全く日常業務をしていなくても「給料をもらっていないから」「外国人だから」という理由で正当化できてしまう。きっとこれから先二度とこんなに自分で時間を自由に使えることはないだろうと必死になって有効に利用しようと思っている。前回のレポートで浪人時代を思い出すと書いたけれど、そんなところがよく似ているのかもしれない。

今取り掛かっている研究で一つ面白いことがあった。とりあえずTableとFigureの第一稿を作ってボスに見せたところ、「グレッグストーンとブレンナーに送るからデータを渡して」と言われた。

ボスは前述したように基本的にはずっと動き回っていて会話でもよく主語が抜ける(イタリア語はもともとそういう言語なのだけれど)。何のことを言っているのかさっぱり分からなかったが”Si”とだけ答え、きっと統計専門家かロゼッタストーンみたいな何かなんだろうと思っていたところ、実はGregg W. Stone教授(Columbia University)とSorin J. Brener教授(Weill Cornell Medical College)のことだった。論文化するにあたりお二人に監修をお願いするらしい。この人との垣根が低いところが何ともイタリア人らしく、メール1本(本当に2行程度)でお願いしてしまうところに押しの強さとバイタリティを感じ、そりゃあ簡単に多施設研究とかしてしまうわけだなと実感した。今は論文作成に取り掛かっているが急にハードルが上がった気がして焦っている。

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写真4 子供が寝ているすきに小児循環器の喜瀬先生とspiritzでaperitivo。このカクテルに使われるaperolはPadova発祥らしい。https://www.drinkplanet.jp/special_reports/view/1-1


次の段階は何らかの存在価値を示していかなければならない。今の私の評価はCTOが得意とか、礼儀正しいとかいう「日本人」としてでしかない。一個人として「脱日本人」ができるようにするのがこれから数ヶ月の目標になる。

私達のSunrise YIAのテーマは「海外留学なんて必要ないという意見に反論してください」だった(ちょっとニュアンスは違うかも)。身も蓋もないかもしれないが留学しなくても「意思が強ければ」活躍できると思う。ただ外国に行くことと外国に住むことは根本的に違うし、全く新しい環境でゼロから自分を確立していく経験はもう一生ないと思う。ここに来てからの人生の密度は日本にいた時の何年分にも値すると思う。もう留学をしない人生は選べないので、もし留学しなかったら、、、なんて考えても仕方がないし、酸いも甘いもこの限られた時間を自分なりに満喫して帰ろうと思う。

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写真5,6 遂に少し遠出をしレンタカーで世界遺産のドロミティへ。翡翠色の湖面が有名なCarezza湖はまだ凍っていた。後ろのラテマール山群(標高2,846 m)がとても綺麗だった。右の写真もドロミティ。スキー場になっていて世界遺産の山々を見ながらスキーができる。


最後に

拙い文書にここまでお付き合い頂きありがとうございました。奨学金はもちろんのこと、ここで自分の体験をアウトプットできる機会を得たことが何より貴重だったと思います。

半分自己満足で書いていたような気もしますが、このレポートが少しでも誰かの役に立ってくれれば冥利に尽きます。

今更ですが、これから、特に英語圏以外に留学をされる方に。

部屋を探したり手続きをしたりするときには是非日本人通訳の方を探すことをお勧めします。手続きだけでなく、その土地の情報が手に入り、かつ何かあった際にはその人のツテで対応・解決できることが多いと思います。費用もそれほどではないので是非考えてみてください。

次は一読者として来年のレポートを楽しみにしています。

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植島 大輔(Padova, Italy)