His束ペーシング~より生理的なペーシングを求めて~

最近日本でも注目されているHis束ペーシングを中心に、ペースメーカリード留置位置の変遷を振り返りたいと思います。
【右室心尖部ペーシング】
ペースメーカが登場して50年以上が経ちますが、右室リード留置部位のスタンダードは長い間右室心尖部(RVA)でした(図1)[1]。もっとも簡便かつ安全に手技が完結できるために選ばれる訳ですが、RVAからのペーシングは刺激伝導系を介しませんので人工的なDyssynchronyが生じます。この非生理的なペーシングによってPacing induced cardiomyopathyが一定の確率で生じてしまうことが問題点でした[2]。

図1

図1. (文献1より引用): RVA留置症例のX線写真(A)および心電図(B)。

【右室中隔ペーシング】
その後、スクリューリードの登場により右室中隔(RVS)への留置が試みられるようになりました(図2)[1]。少しでも刺激伝導系に近い部位からペーシングすることによってDyssynchronyを軽減しようという試みです。両者の心電図を比較するとRVS留置例のQRS幅が狭いことがお分かり頂けると思います。

図2

図2. (文献1より引用): RVS留置症例のX線写真(A)および心電図(B)。

論理的にはRVS留置の方が心臓に優しいはずです。両者を比較する検討が多数行われました。RVS留置の方が良いとする報告も沢山存在しますが[3-5]、最終的な結論は両者に決定的な差は無いといった感じだと思います。その要因はいくつか考えられますが、1つには全例で効果的なRVS留置が出来ていないことが挙げられると思います。たとえRVS留置を行っても、真の意味で刺激伝導系の近くに留置出来なければ意味が無いのです。私がペースメーカ植込みを始めた頃はRVS留置全盛期でしたのでほぼ全例でRVS留置をしていましたが、QRSが狭い症例もあればRVA留置並に幅広いQRSになってしまった例もありました。このようなばらつきが必ずしもRVS留置が良いという結果に結び着かない原因になっていたのではないかと推測します。
【His束ペーシング】
そこで近年注目されているのがHis束ペーシングです。これは専用のシースおよびリードを用いてHis束近傍を狙ってリードを留置し、刺激伝導系をペーシングすることで生理的な電気興奮による効率的な心収縮を実現する試みです。実際にやってみると決して簡単ではありませんが、理想的な位置に留置できますと抜群の効果を発揮します。

図3

図3. (文献6より引用): His束ペーシング用に開発された3830 Select Secure MRI SureScan His lead (Medtronic)。His束を狙って留置を試みます。His束近傍への留置が難しい場合はこのリードを心尖部に留置することが可能です。

図41

図42

図4. (文献6より引用): C315 His sheath (Medtronic) (上段)およびC304-69 sheath (Medtronic) (下段)。C315はNon-deflectable、C304-69はDeflectableシースです。

図5

図5. (文献7より引用): His束ペーシングの1例。非常に幅の狭いQRS波形を実現している。

新規デバイスが登場した際に必ず議論になるのは成功率と安全性です。今年、恒久的His束ペーシングに関するメタ解析の結果が報告されましたのでご紹介いたします。
Permanent His-bundle pacing: a systematic literature review and meta-analysis.
Francesco Zanon, et al.
Europace. 2018; 20: 1819-1826. [8]
【目的】
恒久的なHis束ペーシングは心室の正常な電気的興奮を回復し保持する。しかしながら、His束ペーシングに関する知見は少数例の単施設からの報告に限定されており、その臨床的有益性は体系的に評価されていない。我々は恒久的His束ペーシングを施行された患者に関する論文を体系的に調査し、同治療の利益とリスクの定量化を試みた。
【方法】
PubMed、Embase、およびCochrane Libraryを用いて、恒久的His束ペーシングに関する論文を検索した。植込み成功率、手技およびリード合併症、ペーシング閾値、QRS幅、フォロー期間中の左室駆出率および死亡率を評価項目とした。これらのデータを抽出・要約し、可能なものはメタ解析で統合した。
【結果】
2,876論文のうち、26論文がシステマティックレビューにマッチし、1,438人の患者が対象となった。

図6

図6. (文献8より引用): レヴュー結果。

表1

表1. (文献8より引用): 26論文の詳細。

平均年齢は73歳、62.1%が房室ブロックに対してペースメーカ植込みが行われた。
全体の平均植込み成功率は84.8% (35.4%から100%)であった。スタイレットのみで留置を試みた場合の平均成功率は54.6%であったが、Catheter-delivered systemを使用した場合は92.1%であり、有意に成功率が高かった(P<0.001)。

図7

図7. (文献8より引用): 植込み成功率。スタイレットのみによる植込みは赤、Catheter-delivered system使用が緑で表示されている。シースを使用した場合の成功率は概ね8割以上。

平均ペーシング閾値は、植込み時平均が1.71V、植込み3ヶ月以上で1.79Vであった(パルス幅の変動はあり)。

図8

図8. (文献8より引用): ペーシング閾値の推移。概ね安定している。

平均LVEFは植込み時が42.8%、フォローアップ時が49.5%であった。LVEF<50%で2群に分けた場合、50%以上の群では改善は見られず、50%未満の症例で有意な改善が確認された。

図9

図9. (文献8より引用): LVEFの推移。LVEF低下例で有意に改善している。

安全性に関する情報を報告した論文は18論文あり、966例中46例(4.8%)に何らかの合併症が観察された。最も多かった合併症はリード再留置であり、リード脱落による再留置が6例、閾値上昇による再留置が20例であった。
【結論】
恒久的His束ペーシングに関する26論文において、平均植込み成功率は84.8%であり、左室駆出率は観察期間中に平均5.9%改善した。今回筆者らが注目した評価項目に関する報告は均一ではなく、今後のHis束ペーシングに関する検討において統一の評価報告の必要性を強く示唆している。
私見: 実際にHis束ペーシングを初めて挑戦した際に一番不安だったのがリード脱落です。今回の結果から判断する限り、リード再留置を要する確率は決して高い訳ではなさそうです。もちろん今後長期成績を含めてさらなる検討が不可欠ですが、LVEFが低下している症例などには積極的に挑戦する価値があるように思います。
【付記】
テクノロジーの進化とともにリード留置場所は変化してきた訳ですが、その基礎になっているのは刺激伝導系に関する知見です。この刺激伝導系の解明に大きな貢献をされたレジェンドの1人がプルキンエ線維の発見者であるJan Evangelista Purkyně博士です(彼はチェコのプラハの生まれで熱烈な愛国者だったようですので敬意を表してチェコ語表記です)。今年ミュンヘンで開催されたESC2018に参加する前に、プラハに留学中の友人の所に遊びに行きました。その友人も不整脈医なのですが、「不整脈医なら行かなければならない所がある」と言って案内してくれたのが下の写真の場所です。そう、あの偉大なPurkyně博士がここに眠っているのです。彼がプルキンエ線維を発見したのは1839年ですので約180年前です。偉人のお墓の前で歴史の重みを感じました。

写真

【参考文献】
1. 宗次裕美ほか。心房・心室中隔ペーシングの実際と課題。心電図2017; 37: 255-260.
2. Andrea Mazza1, et al. Incidence and predictors of heart failure hospitalization and death in permanent pacemaker patients: a single-centre experience over medium-term follow-up. Europace. 2013; 15: 1267–1272.
3. Frederic Victor, et al. Randomized Comparison of Permanent Septal Versus Apical Right Ventricular Pacing: Short-Term Results. J Cardiovasc Electrophysiol. 2006; 17: 238-242.
4. Sevil Hemayat, et al. Development of mitral and tricuspid regurgitation in right ventricular apex versus right ventricular outflow tract pacing. J Interv Card Electrophysiol 2014; 40: 81–86.
5. Luis Molina, et al. Medium-Term Effects of Septal and Apical Pacing in Pacemaker-Dependent Patients: A Double-Blind Prospective Randomized Study. PACE 2014; 37:207–214.
6. Subodh Devabhaktuni, et al. How to Perform His Bundle Pacing: Tools and Techniques. Card Electrophysiol Clin. 2018; 10: 495–502.
7. Tahmeed Contractor, et al. Cardiac resynchronization therapy for rate-related bundle branch block: Is there a role for His-bundle pacing? Heart Rhythm Case Rep. 2018; 4: 475–479.
8. Francesco Zanon, et al. Permanent His-bundle pacing: a systematic literature review and meta-analysis. Europace. 2018; 20:1819-1826.

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川上 大志(Melbourne, Australia)