“小さな自分”

  1. サンフランシスコの現状
    6月1日のロックダウン解除以降、サンフランシスコの街は活気を取り戻しています。ロックダウン当初は、車が全く走っておらず、日本の感覚で左車線を走ってしまいそうになることもありましたが、今では交通量が増え日常的な渋滞が戻っています。サンフランシスコ近郊の観光地は人で賑わい、留学スタート時のゴーストタウンしか知らなかった私達は、また新しい街並みを見ています。一方で、カリフォルニアのCOVID-19感染者は著しく増加しており、またあの辛いロックダウン生活に戻ってしまうかもしれないと戦々恐々と日々を過ごしています。
  2.  留学先のラボの業績
    第2回でもご紹介しましたが、私が現在所属するUCSFの EPラボは、心室頻拍(VT)・上室性頻拍(SVT)・遺伝子・デバイス・大規模臨床研究とそれぞれの分野を専門とする教授がいます。フェローは、どの教授をPIとする研究チームに所属するかを自分の意志で決めることが出来ます。今回は、その中でも特に人数の多い3つの研究チームについて紹介します。
    ① Gerstenfeld教授チーム
    臨床研究と動物実験による研究いずれも行なっていますが、近年は特に動物実験に大きな力を注いでいます。動物実験では、心房細動(AF)・VT・心室性期外収縮(PVC)を主眼としたpreclinical studyを行ない、その後の臨床研究に発展していきます。AFに関しては、AF中の心内膜-心外膜同時マッピング (1)、心房性期外収縮と心房リモデリング、AFとの関係性(論文投稿中)に注目した研究が行われています。PVCに関しては、PVCとPVC induced cardiomyopathy発生リスクに関する研究に力を注いでおり、どのようなPVCが心筋症となるリモデリングを起こすリスクが高いのかあらゆる角度から検証しています。2018年 PVCによる左心室(LV)での dyssynchronyがPVC-induced cardiomyopathyに寄与しているため、LV epi起源のPVCはendo起源の右心室(RV) free wallやRV apex起源のPVCよりも悪性PVCであることを報告しました(2)。その後、臨床研究でも心室リモデリングや心不全といったイベントを起こしやすいPVCの予測モデル (ABC-VT risk score)を作成し、報告しました(3)。現在も、このPVCと心室リモデリングに関するprojectは動物実験、臨床研究いずれも走っており、更なる研究が進められています。VTに関しては、いかにして厚い心室筋に有効なlesion形成ができるか、また心筋梗塞により形成された不整脈器質にhomogenizationを行えるかをテーマに、全く新しいenergy source (4)、新しい形のカテーテル (5)、また新しいマッピングシステムやカテーテル(6, 7)による検証を行なっています。いずれのプロジェクトも理解しやすいコンセプトでありつつ臨床的意義が高いことが、high impact journalに掲載されている要因の一つではないかと思います。
    1)Site-Specific Epicardium-to-Endocardium Dissociation of Electrical Activation in a Swine Model of Atrial Fibrillation. JACC Clin Electrophysiol. 2020;6:830-845
    2)Left Ventricular Dyssynchrony Predicts the Cardiomyopathy Associated With Premature Ventricular Contractions. J Am Coll Cardiol. 2018:11;72:2870-2882.
    3)Predictors of adverse outcome in patients with frequent premature ventricular complexes: The ABC-VT risk score. Heart Rhythm. 2020;17:1066-1074.
    4)Epicardial Catheter Ablation Using High-Intensity Ultrasound: Validation in a Swine Model. Circ Arrhythm Electrophysiol. 2015;8:1491-7
    5)Feasibility of Rapid Linear-Endocardial and Epicardial Ventricular Ablation Using an Irrigated Multipolar Radiofrequency Ablation Catheter. Circ Arrhythm Electrophysiol. 2017 Mar;10(3). pii: e004760.
    6)Utility of high-resolution electroanatomic mapping of the left ventricle using a multispline basket catheter in a swine model of chronic myocardial infarction. Heart Rhythm. 2015;12:144-54,
    7) Standard peak-to-peak bipolar voltage amplitude criteria underestimate myocardial scar during substrate mapping with a novel microelectrode catheter Heart Rhythm. 2020;17:476-484.
    ② Scheinman教授チーム
    EP doctorsであれば誰もが知るlegendsの一人であり、在籍しているフェローの全員が何らかの形でScheinman先生と一緒に仕事をしています。主な研究テーマとしては、何と言ってもSVTであり、30年近くにわたり数多くのSVTに関する研究が、JACCやCirculationといった有名雑誌に掲載されてきました。世間では調べ尽くされたと思われがちなSVTに対しても、現在も飽くなきpublicationを続けられており(8, 9)、改めてその偉大さを感じています。前回のレポートでもお伝えしましたが、Scheinman先生は一例一例をとても大切にされ、興味深い一例に出会うとその内容によって、case report・症例を集めたcase series・前向きstudyのどれがより適しているのか見極められていらっしゃいます。Scheinman先生の過去の論文を拝読すると、ずっと昔から変わらずその様に症例と向き合い研究を続けてこられたことを感じます。どんなに歳を重ねても、自分次第で知的探究心は衰えないということを、背中で教えて頂いている様な気がします。
    SVT以外にも、ARVCに対して大変興味を持っておられ、今も研究が続けられています(10, 11)。
    8)Use of Programmed Ventricular Extrastimulus During Supraventricular Tachycardia to Differentiate Atrioventricular Nodal Re-Entrant Tachycardia From Atrioventricular Re-Entrant Tachycardia. JACC Clin Electrophysiol. 2018;4:872-880
    9)Variable Presentations and Ablation Sites for Manifest Nodoventricular/ Nodofascicular Fibers. Circ Arrhythm Electrophysiol. 2019;12:e007337.
    10)Use of flecainide in combination antiarrhythmic therapy in patients with arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy. Heart Rhythm. 2017;14:564-569
    11) Electrocardiographic comparison of ventricular arrhythmias in patients with arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy and right ventricular outflow tract tachycardia. J Am Coll Cardiol. 2011;58:831-8.
    ③ Marcus教授チーム
    Marcus先生の専門は、大規模臨床研究であり、論文の多くがJACC・Circulation・JAMAなどに掲載されており、その中でも心房細動の発症とリスク因子、検出方法などをテーマにした疫学研究がメインテーマとなっています(12-14)。ほとんどの論文はクリニカルフェローがfirst author となっており、毎年必ず数人のフェローがMarcus先生研究チームに所属している様子です。前向き臨床研究も盛んに行われており、常に複数のプロジェクトが進んでいます。最近では、2017年 LVアブレーションの脳梗塞リスクを、わずか18症例(そのうち、LVアブレーションは12症例)で検証し、その結果がmain Circulationに掲載されました(15)。その論文を拝読し、統計による数の力だけでなく、質においても素晴らしい論文を残されていることに感動しました。”明日からの臨床にすぐに役立つこと・シンプルで明瞭なtake home messageがあること・誰もやってこなかったこと”、この3つが揃えば、少人数studyであっても意義のある論文が残せることを、学んだ気がします。
    12)Childhood Tobacco Smoke Exposure and Risk of Atrial Fibrillation in Adulthood. J Am Coll Cardiol 2019;74:1658–64
    13) Passive Detection of Atrial Fibrillation Using a Commercially Available Smartwatch. JAMA Cardiol. 2018;3:409-416.
    14)Human Immunodeficiency Virus Infection and Incident Atrial Fibrillation. J Am Coll Cardiol. 2019;74:1512-1514.
    15)Brain Emboli After Left Ventricular Endocardial Ablation. Circulation. 2017 ;135:867-877.
  3. 私の所属先
    私は現在、Gerstenfeld教授チームとScheinman教授チームに所属しています。Gerstenfeld教授チームでは、ロックダウンにより4ヶ月間停止していた動物実験が、晴れて7月から少しずつ再開となりました。今は、仲間の実験を手伝いながら、動物実験のノウハウを一つずつ覚えています。一方で、動物実験をorganizeされていた方がCOVID-19を契機に退職されてしまい、全てのマネージメントを自らしなくてはいけない状況になりました。動物実験の準備だけに追われる日々もあり、悪戦苦闘の連続です。Scheinman先生とは、まずはcase reportを通じ議論を重ねながら、プロジェクトの機会を伺っています。基本となるデータベースを全てゼロから自分で作成する必要があったり、サーバーの問題で過去のカテーテル中の心電図情報が1年前以降見られなくなってしまったりと、思うように行かないことだらけです。本当に山あり谷ありの毎日を過ごしていますが、今はただ未来を信じ、出来ることからコツコツ積み重ねていきたいと思います。
  4. 最近感じること
    最後にこのような先生方、またフェローに囲まれて日々仕事をしている中で、自分の未熟さを改めて思い知らされます。十分な議論や新しいアイデアの提案も出来ず、自身の力不足をもどかしく感じることも多々あります。勿論、英語という言葉の壁は大きいかと思いますが、それだけではないと思います。実力があれば、どのような手段を使ってでも、相手に考えを伝えることは出来るはずです。留学し、世界の広さと深さを知り、改めて自分自身や自分の成すべきことについて向き合っている気がします。
s_higuchi
s_higuchi
樋口 諭(San Francisco, USA)