私の研究分野は心筋再生で、ガチガチの基礎系です。そもそも日本では主にカテーテルインターベンションに携わっていたので留学後は見るもの、聞くもの、読むものがほぼ新しいというか、わからないと言った方が妥当かもしれません。学生時代にそういえば聞いたことあるなー、と思うものもあれば、Wikipediaで単語を調べることから始めることも多々あります。そのベースを踏まえていただいた上で今回紹介する論文がこちらになります(笑)。
Roles of exosomes in cardioprotection.
https://eurheartj.oxfordjournals.org/content/early/2016/07/20/eurheartj.ehw304.long [1]
これはエクソソーム(Exosome)と呼ばれる細胞外輸送体と心筋に関するレビューになります。みなさん、エクソソームってご存知ですか?こちらのラボではこの言葉が日常的に使用されています。
エクソソームというのは、30~150 nm程度の非常に小さな輸送体です。輸送というからには“何か”を“どこか”に運ぶわけですが、“何か”にあたるものがマイクロRNA(miRNA)等の核酸やタンパク質で、“どこか”というのが細胞から細胞ということになります。miRNAの詳しい説明はWikipediaに譲りますが、ザックリ言うとよく知っているDNA→RNA→タンパク質という経路よりも短い時間でmiRNAは標的細胞の遺伝子発現のコントロールが可能となります。https://ja.wikipedia.org/wiki/MiRNA
エクソソームはこのmiRNA等を包んで運ぶトラックで、これがサイトカインのように細胞と細胞の“コミュニケーション”を行う大事なツールになるわけです。
いやー、ここまで読むだけでも疲れちゃいますね。
(文献1より引用)
さて論文紹介に戻りますが、このレビューには今までの心筋再生に関する研究の変遷とともにエクソソームがどのように働くのか、そして現在までにわかっている知見について報告しています。
梗塞心筋への造血幹細胞や骨髄細胞の投与による心機能の改善は当初報告されていたものの、その効果は疑問視されていました[2, 3](一つは動物モデルによる梗塞部と非梗塞部の境界領域の心筋に直接注入した報告。もう一つはメタ解析で冠動脈より注入した報告)。
その後間葉系細胞と心筋前駆細胞が評価されるようになり、心筋梗塞患者の第Ⅰ相臨床試験において心筋前駆細胞を凝集して作成されるCardiosphere-derived cells(CDCs)が安全で心機能改善が期待できる結果として報告されました。ちなみにこれが私の留学先の決め手となったCADUCEUS試験です[4]。
しかし、当初は投与した細胞が新たな心筋細胞になると考えられていましたが、その後の研究では投与した細胞はほとんど残っておらず、心機能の改善は得られているものの90%近くの心筋細胞はRecipient自体の細胞に由来するものであると報告されました[5]。
(文献5より引用)
では心機能の改善に寄与したものはなんだったのか、その疑問から注目されたのがエクソソームだったのです。CDCsからのエクソソーム分泌を抑えるGW4869を用いた検討では分泌を抑えると心機能改善効果が得られず、この結果からエクソソームの心機能に対する重要な役割が示されました[6]。
(文献6より引用)
エクソソームへの期待
様々な細胞から分泌されるエクソソームですが、元となる細胞によってエクソソームに内包されるmiRNAは異なります。多くの分野で研究が進められ、腫瘍性疾患や神経変性疾患等でもエクソソームの関与が指摘されています。これらの研究からエクソソームに内包されているmiRNAは新しいバイオマーカーとしての診断的役割が期待されています。
(文献1より引用)
循環器領域でいえばmiR-1、133aが急性心筋梗塞、不安定狭心症、タコつぼ型心筋症の患者で上昇し[7]、miR-34a、192、194は心筋梗塞患者の心不全発症に関与したという報告があります[8]。また、安定狭心症患者ではmiR-126、miR-199aが心イベント発症の予測因子となるという報告もあります[9]。再現性や正確性が十分検討され、コストや実用性の面で確立されるのであれば、こういったものが将来的に我々の臨床をサポートしてくれるかもしれませんね。
Remote ischemic preconditioning(RIPC)についてもエクソソームの関連性が指摘されています(NEJMではRIPCの効果自体に否定的なデータもありますが)[10]。また、心筋梗塞ブタモデルを用いて再灌流30分後にCDCsを投与することで梗塞及び微小循環障害サイズの減少を示した“Cellular postconditioning”という概念も紹介されています[11]。
エクソソームは特定のものを抽出、精製する技術や投与手段についてまだまだ課題があります。しかし、効果については紹介した通り期待できる部分が多く、今後エクソソームを活用した薬品、診断オプションの開発はさらに進んでいくことでしょう。
私も現在の留学先で心疾患を抱える患者さんの治療選選択肢を広げるべく精進したいと思います。
(文献1より引用)
参考文献;