我々は伝統の中に生きている。しかし、それに批判的ではなければならない。 アルバート・アインシュタン

~第1回目の続きと報告~
Convention d’accueil (受入れ協定書)を無事?に取得し、6月末に一時帰国し、VISAを取得し、7月末に再渡仏しました。ようやく留学スタートな感じです。必要書類の取得に関しては、第1回目のレポートにも書きました。しかしながら、第1回目及び第2回目上梓の時点でVISAは未取得で、その後も思いもよらない書類の取得に奔走し、辛酸を嘗めさせられ、フランス社会との格闘を強いられました。VISA取得ができず、留学を断念せざるを得ないのではないかという情緒不安定な毎日、慢性的な不眠となりました(笑)。今となっては武勇伝で笑い話です。まさにこの経験は「ワインのつまみ」となった気がします。VISAは入国後3か月までの有効期限のため、8月初旬現在、滞在許可証の申請を行っています。VISA取得までの詳細は割愛しますが、興味ある方はご連絡ください。私も話したいです(笑)。
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私にとっては、まさかの二度目の出発です。今度は家族とともに渡仏です。本来3月末のはずでしたが(悲)。。。留学につきものの「思い通りにならない経験」でした。
自我自賛で恐縮ですが、電気生理学を志す学徒の中で、ボルドー大学を知らない人はいないと思います。1998年、発作性心房細動のメカニズムと治療方法を世界で初めて報告した施設です。すなわち、心房細動は肺静脈からの心房性期外収縮をきっかけとして生じるという機序。そしてこの心房性期外収縮の起源たる肺静脈を電気的に隔離すれば、心房細動は生じないという治療コンセプト。これらを世界で初めて報告した施設です。反証を試みた人は、むしろ報告が真であることを直截証左し、この報告は時間の流れという最大の試練に耐え、現在に至っています。私は、これらを報告したボルドー大学のMichel Haïsagerre先生とPierre Jaïs先生は、ノーベル賞を受賞すると思っています。受賞するかかしないかで知己と賭け事をしています(もちろん金銭はかけていません)。
前述の1998年の報告以来、心房細動のみならず、不整脈に対する治療手段としてのアブレーションの技術革新も並行して進歩したと思います。それらの技術革新、治療コンセプトの提案なども、ここボルドーが発信源であると言っても過言ではないと思います。また、アブレーションの際に必要となるカテーテル類の発明等も、ここボルドーが発信源のものがあります。心房細動アブレーションで使用するリング状カテーテルや、多極カテーテル、放射線被爆軽減のためのシールドなども、ここボルドーが発祥地のようです。
現在のアブレーション治療の課題は、私の浅く短い経験から察するに、再発をいかに減らすかにあると思います。アブレーション治療に伴う再発の要因として、大きく二つあるかと思います。一つは、未知の機序(予想できない不整脈基質の存在、もしくは発生など)による再発、もう一つは不十分なアブレーション(焼灼不十分)に起因する再発です。機序の解明のための画像技術やマッピング技術(心臓内の電位を取得する方法や、それらの意義など)の向上、不十分な焼灼を最小限(可能であればゼロ)にするための焼灼手段の改善を如何に図るかが課題かと思います。1~2年という時間軸で診ると、技術や再発率の劇的な改善はないですが、10年という長期的なスパンでみると、明らかに現在の技術、特に画像技術は進歩改善し、治療成績も向上しています。10年先の技術から見たら、現在のアブレーション技術、成績はお粗末なものに映るかもしれません。あるいは、カテーテルで心筋を焼灼するアブレーションという行為そのものが時代遅れになっているかもしれない、と未来の医療技術の進歩に期待しています。はたまた、不勉強な状態での発言ですが、薬で不整脈が治れば、あるいは不整脈と付き合えるようになれば、アブレーションという侵襲的治療は必要なくなるかもしれません。不整脈の薬の開発等が進んでいるのか私は認知していませんが、私が所属するボルドー大学はアブレーション技術と機序の解明に取り組んでいる施設だと感じます。
私が関わっている研究も、アブレーション技術と機序に関するものです。心房細動に関して言えば、同じ肺静脈隔離を行うにしても、従来の高周波エネルギーとは別のApplicationで行うことで、成績を改善させることができるのではないか、治療成績の改善につながらなくても、手技時間の短縮につながるのではないか、といった研究に携わっています。箝口令が敷かれているわけではないですが、研究なのでpublish前の口外が憚れますので、抽象的な表現となってしまうことをお許しください。
もはや発作性心房細動に関しては治る、と言えるくらいのところまで来ていると思います。しかしながら、治らない症例の病態の解明や、非発作性、すなわち持続性や長期持続性心房細動や心室性不整脈の治療成績の改善に関してはまだ満足のいくところまで来ていないのが現状かと思います。心房細動、心室性不整脈を含め、アブレーションでは治らない症例あるいは、アブレーション後も再発する症例に対して、機序の解明と、再発率の軽減が、今後の課題かと思います。
数々の業績に裏付けられた伝統と歴史のある施設の先生方と、毎日顔を合わせることができる環境に身を置けることは、とても贅沢で刺激的です。それだけでも留学の意義があったとさえ感じてしまいます。こう言うと、留学の意義をはき違えているとお叱りがありそうですね。もちろん、この環境に甘んじるのでなく、むしろ武器に研究をして、論文を書かなければならない、学んだことを日本に持ち帰る、社会に還元しなければならない、と自分を戒めています。「既成概念を疑え」は使い古された名文句ですが、その精神は論文執筆や研究に通ずるものであり、大切な価値観だと思います。もちろん頭でわかっていても、実行するのはなかなか難しいですが。ここボルドー大学が世界に発信してきた論文を、疑いの目をもって見ることも心がけている今日この頃です。
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同僚と。暗いカテーテル室で撮ったのでこのような写真になってしまいました。次はもっと見栄えの良い写真を撮ります(笑)。

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中島 孝(Bordaeux, France)