ボン大学ハートセンター 田中徹
今回はEuropean Heart Journalに掲載された急性心筋梗塞に伴う二次性僧帽弁閉鎖不全症(MR)に対する治療方針について検討した論文を紹介します(1)。
【Background】
急性心筋梗塞にしばしば急性もしくは亜急性の二次性MRが合併することがあります。MRの原因としては、準緊急手術を要するような心筋虚血に伴う乳頭筋断裂や、心筋梗塞に伴う左室収縮障害や拡大など様々です。そして、それらの急性MRは時に心不全や心原性ショックなどに繋がり、予後不良因子であることが知られています(2)。そのため、急性MRへの治療介入として外科手術が行われてきましたが、手術リスクも高く、術後の死亡率も低くはないデータです。また、そういった手術リスクから保存的加療にせざるをえない症例もあるかと思います。
近年、低侵襲の僧帽弁カテーテル治療が導入され、急性心筋梗塞急性期に合併するMRの治療も安全かつ効果的に行える可能性が報告されています(3, 4)。しかし、いずれも症例数は少なく、十分な検討はされていません。そのため本研究では、急性心筋梗塞に合併する二次性MRに対するカテーテル治療の有効性について評価されています。
【Methods】
国際レジストリーであるIREMMI registry (International Registry of MitraClip in Acute Mitral Regurgitation following acute Myocardial Infarction)の解析です。
デザイン:後ろ向き観察研究
期間:2009年〜2020年
施設:北米・欧州などの21施設
対象:急性心筋梗塞発症後90日以内に認められた有症状の高度の二次性MR (3+以上)
除外:乳頭筋断裂によって生じたMR
Primary outcome:院内死亡
患者は治療内容によって、外科手術群、MitraClip群、保存的加療群、の3群に分類され、メインの解析は保存的加療vs.侵襲的加療、と外科手術vs. MitraClipのそれぞれの比較です。
Results】
合計で471名が登録され、266名が保存的加療、205名が侵襲的加療を受けていました。侵襲的加療のうち、99名がMitraClipでのMR治療を行っています。観察期間は中央値で239日でした。
保存的加療群の平均年齢は高めでしたが、侵襲的加療群の方がMRの重症度が高く、心原性ショックが多いなど心不全として状態が悪い結果でした。また、外科手術と比較すると、MitraClip群は高齢でCABG後、STEMIが多くMRがより高度でLVEFも低いなど、一段と手術リスクが高い患者群の印象です。外科手術はMitraClipに比べ心筋梗塞発症後より比較的早期に施行されていました(中央値 12日 vs. 19日)。また、外科手術群の82%では僧帽弁手術に加え、冠動脈グラフトバイパス術も同時に施行されています。
Procedure success rateは外科手術、MitraClipそれぞれ92%, 93%とそれぞれ良好な結果で、どちらの侵襲的治療でも退院時の時点でNYHA、MR gradeは有意に改善が得られています。
Primary outcomeである院内死亡は保存的加療群で27%、侵襲的治療群で11%、と保存的加療群で有意に高い結果でした。多変量解析で患者背景を補正した後も、保存的加療は院内死亡と有意に関連しているという結果でした(OR 4.52; 95%CI 2.38-8.60)。また、保存的治療は1年以内の死亡率とも有意に関連していました(HR 3.53; 95%CI 2.18-5.73)。
侵襲的治療としての外科手術とMitraClipを比較すると、院内死亡率は外科治療群で有意に高く(16% vs. 6%)、1年後の時点でも外科手術群で死亡率が高いという結果でした(31% vs. 17%)。多変量解析でも外科手術群はMitraClip群と比較して、院内死亡に有意に関連していましたが、院内死亡を除けば1年以内の死亡率は両群で同等という結果でした。
さらに、Propensity scoreを用いてマッチングさせた後の解析でも、院内死亡は侵襲的治療群に比して保存的加療群で高く、また、MitraClip群に比して外科手術群で高いことが示されました。どちらもメインの解析と同様の結果です。
【結論】
心筋梗塞に合併する二次性MRは予後不良因子であるが、侵襲的治療(外科手術or MitraClip)は良好な予後に繋がりうる。また、MitraClipでも心筋梗塞に合併する二次性MRの減少に有効で、外科手術よりも安全に施行できる可能性がある。
【まとめ】
日常臨床でも急性心筋梗塞に合併するMRは時折目にします。本研究では国際多施設レジストリーを用いて、急性心筋梗塞に合併するMRに対する侵襲的治療の意義を示しています。そこまで頻度が高くない病態を対象にしているにも関わらず、よくこれだけの症例数を集められたな、と感心します。過去の報告でも心原性ショックを伴うMRに対するMitraClipの有効性および安全性などが報告されており(5)、従来の慢性心不全だけではなく、こういった急性期の病態でもMitraClipが有用となるかもしれません。
しかし、後ろ向き観察研究であるため、選択バイアスを含む様々なlimitationがある研究であったと思います。急性心筋梗塞に合併する二次性MRが対象ではありますが、MRがいつから存在していたものなのかは明らかではありません。また、外科手術群もほとんどの症例でCABGが施行されており、血行再建のストラテジーが異なるため、単純にMRの治療方針の違いとしてMitraClip群と比較するのは難しいかと思います。プロトコールの設定が難しそうですが、今後RCTでの検討が待たれる内容です。
References