精神ストレスと心血管疾患

背景

2011年3月11日マグニチュード9の巨大な地震が東北地方を襲い、18,000人を越える死者が出ました。余震が続く中、派遣された自衛官もおり、私の同僚医官は、震災直後に支援に出るよう伝えられ、数週間の荷物で結果2か月間支援することとなりました。被災後、被災者に対して急性期、亜急性期、そして慢性期への疾患の対応が必要とされますが、慢性期には精神症状への対応の必要性も増加します。被災者だけでなく、支援により精神ストレス症状を発症する懸念があることも報告されています[1]。
我々の組織には、22万人を越える自衛官が勤務し、毎年35歳以上の自衛官が健康診断を受診しています。また定期的な精神症状のチェックなどを行い、増加する派遣により、隊員の精神状況を確認するシステムが整っています。しかしながら、現在の我々の健康診断システムにはまだまだ改善点があります。まず私は、この健康診断システムを、現状の健康状態の把握から、臨床研究へと昇華できるよう改善したいと考えています。特に循環器医として、精神症状に伴う心血管疾患の発症や、高血圧、糖尿病など、心血管疾患のリスク因子の増悪について興味を持っております。実際に米国では、現役軍人のコホートより、精神ストレスが冠動脈疾患の増加と関連することが報告されています[2]。 入隊時に健康診断を受け、健康な状態であった隊員が、古典的な動脈硬化リスク因子に加え、派遣などの精神ストレスにより、どのように将来の心血管疾患を発症するかを解明し、公衆衛生学的にも、自衛隊の人的戦闘力の維持という点でも、役立てたいと思っています。

使用しているコホート

私が現在留学先で使用している、the Atherosclerotic Risk in Community (ARIC) Study は1987年に15,000人の一般地域住民が平均50歳のころに研究にエントリーしています。30年間、現在進行形で参加者の状況をフォローし、その間7回にわたり、参加者に研究センターに来訪してもらい、血圧などのデータや、血液検査などの検査データ、最近ではCTやMRIなどの画像データを収集し、リスク因子と30年後の疾患発症の関連を研究しています。

私が研究しているトピック

私は前述の背景から、心疾患を持たない一般地域住民が持つ精神社会性因子が、数十年後に心血管疾患の発症とどのように関連するかを研究しています。精神社会性因子といっても様々ですが、これまでには、鬱症状など精神疾患に関わる症状、易怒性などの性格、社会的孤立、寂しさ、など社会性に関わる因子など、多くの因子が心血管疾患発症と関連があることが報告されています[3-5]。さらにこれらの関連の背景には、喫煙や食生活、そして身体活動など、望ましくない生活習慣だけでなく、自律神経の亢進などを介して生物学的因子が心血管系に影響を与えることが知られています[6]。この関係が、例えば心筋梗塞や脳梗塞、心不全などの心血管疾患だけでなく、末梢血管疾患の発症とも関連しているか、また様々な精神社会性因子がどの心血管疾患と、強い関連を持つかなどを比較しています。
さらに今後は、同様のメカニズムにより、精神社会性因子が血管の動脈硬化とどのように関連するかを、冠動脈や大動脈の石灰化のデータを用いて解明したいと考えています。
 

【参考文献】

[1] Matsumoto K, Sakuma A, Ueda I, Nagao A, Takahashi Y. Psychological trauma after the Great East Japan Earthquake. Psychiatry Clin Neurosci. Aug 2016;70(8):318-331.
[2] Crum-Cianflone NF, Bagnell ME, Schaller E, Boyko EJ, Smith B, Maynard C, Ulmer CS, Vernalis M, Smith TC. Impact of combat deployment and posttraumatic stress disorder on newly reported coronary heart disease among US active duty and reserve forces. Circulation. May 6 2014;129(18):1813-1820.
[3] Whooley MA, Wong JM. Depression and cardiovascular disorders. Annu Rev Clin Psychol. 2013;9:327-354.
[4] Williams JE, Paton CC, Siegler IC, Eigenbrodt ML, Nieto FJ, Tyroler HA. Anger proneness predicts coronary heart disease risk: prospective analysis from the atherosclerosis risk in communities (ARIC) study. Circulation. May 2 2000;101(17):2034-2039.
[5] Valtorta NK, Kanaan M, Gilbody S, Ronzi S, Hanratty B. Loneliness and social isolation as risk factors for coronary heart disease and stroke: systematic review and meta-analysis of longitudinal observational studies. Heart. Jul 1 2016;102(13):1009-1016.
[6] Strike PC, Steptoe A. Psychosocial factors in the development of coronary artery disease. Progress in Cardiovascular Diseases. 2004;46(4):337-347.

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本田 泰之(Baltimore, USA)