Cooperation & Enthusiasm

留学する前からずっと不思議だったのは、「なぜ欧米はしっかりとした臨床研究が遂行できるのか」という事でした。自分の留学の目標の1つに、その理由を探りつつこのシステムの日本バージョンを作る為にはどうしたら良いか考える、という事があります。このことに関する答えはまだまだすべては得られていないのですが、いくつかわかったこともありましたので、それをもとに、日本における臨床研究がより活性化するために重要だと思われる点に関して書きたいと思います。
異論がある方もいるかもしれませんが、ここでは「日本における臨床研究が活性化する」、というのはずばり「世界中でよく読まれている医学雑誌に載るような臨床研究が多く日本から出る事」とします。その為には皆が「この研究は臨床家にとって重要だ」と認める研究をする必要があるわけなのですが、個人的には研究の重要性は「clinical implication × statistical robustness × originality」で決まると思っています。
まずclinical implicationですが、私は指導教官によく「この研究の結果が出たとして、お前はどうやってそれを患者のケアに生かすのか」といった事を聞かれます。「この研究では何がテーマで、なぜそのテーマに切り込むことが大事なのか」という事がはっきりさせろ、ということです。これは当たり前のように見えて、思っている以上にとても大事でまだまだ日本で行われている臨床研究ではこの事が十分吟味されていない印象を受けます。この事はすべての臨床研究で計画をする前の前の段階くらいでしつこいくらいに吟味されないといけないといけません。この研究でどのような結果が出たらどのようなことが言えて、そしてそれは臨床を行う上でどのような意味を持つのか。次にPubmedで同じようなテーマを扱った研究があるのか、あるのならばそれではなぜ不十分なのか等をliterature reviewを行って検討し、さらにUMIN-CTR、ClinicalTrials.gov等の臨床研究レジストリサイト等で今現在進行中の研究がないか検討するべきです。すでに誰かがやっている研究を、同じような対象患者に多大な労力・時間・資金をかけてやる必要はありません。
2番目に、statistical robustnessです。ここは是非強調したいのですが、今の日本にはbiostatisticsの専門家の重要性が極端に低く認識されていると思います。自分の日々の臨床で普段より悩んでいる事を臨床研究で明らかにしたい医師は日本に多くいると思うのですが、これはもう経験年数・年齢にかかわらずとにかくそう思った時に高く目の前にそびえたち、ほとんどの医師をそのやる気をそいでいるのが「統計」だと思います。中にはこの壁を独学で突破する人たちもいますが、正しく突破できればいいのですが、間違った方向に突破し「自分は突破した」と勘違いしている方も時々学会発表等で散見されるので要注意です。医師は医学を駆使して患者のケアに当たるのがその使命ですので、この統計学の部分は知識をある程度は持つ必要があるものの(ないと自分が思いついた臨床研究自体が可能なのか不可能なのかすら判断できない事もありますので)、基本的にはbiostatisticianの方を仲間に引き込むことが良い臨床研究をする際の必須条件だと思います。彼らは時々自分が思いもつかない事を知っていて教えてくれたり、データの「見せ方」に関して有用なアドバイスをくれます。僕もほぼすべての研究でstatisticsに精通した仲間に加わってもらっていますが、明らかにこの事により研究の質も、論文の質も上がりました。統計学はそれ自体で1つの学問として成り立ち、日々世界中で多くの人がコミットしているわけです。ある程度はできたとしても、完全に精通するのは無理です。諦めてアウトソーシングし、協力しあいましょう。この「協力しあう」というのがポイントで、立場に上下はありません。チームなのです。ちなみに「研究が終わった段階でデータをbiostatisticianに持って行くのは、検屍を頼むようなものだ」という格言もありますので、臨床研究を計画した段階で一度biostatisticianに相談するのが望ましいとされています。もう1点は、十分にそのclinical implicationが吟味されたテーマで、statisticalに計算された必要症例数が1施設では難しい研究がある場合は、大学や所属を越えて共同で研究するマインドとシステムが必要だと思います。ちなみに、心不全に関しては必要であればEUにはEU全体で協力して研究をやるネットワークと雰囲気があります。これは日々大学や国を越えて普段から対等な関係性で意見交換をし、科学の為に必要な時には協力しあう、という関係の上に成り立っているものだと思います。日本にもこのような特定の個人・団体の利益の為に、というよりは「科学の為に」という年齢や立場を越えた、対等な立場で協力する雰囲気がもっとあってもいいと感じています。むしろ、このようなスタンスで臨床研究をしていかないと、なかなか世界で引用されるような研究をしていくのは難しいと思います。
その一方、日本の臨床医は欧米に比較して優れていると思われる点もあります。たとえば、こちらは1例1例の症例自体がどうであったとしても、それが大きな集団で証明されるまではあまり意義があるものとして扱いません。その一方、日本の臨床医の方々は細かい事であったとしてもそれを気にする様な気がします。その様な事を多くの仲間とオープンディスカッションしてresearch questionにつなげ、statisticianと一緒に計画し、組織を越えて日本中の皆で遂行していけば、必ず日本のoriginalityのある臨床研究ができると思います。繰り返しますが、その時には施設や所属は考えず、純粋に科学の為に協力する事が重要です。
自分自身にあまり経験がないのに、とても偉そうな、かつふらふらとした文章になってしまってあれですが、せっかくですので今自分が考えている日本の臨床研究が目指すべき方向性のようなものを書いてみました。結論としては、「対等な立場で、科学の為に垣根を越えて協力する事」と、何より「臨床研究に対するenthusiasm」だと思います。この話をし出すと長くなるので、この辺にしておきます(笑)

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末永 祐哉(Groningen, Netherland)