Coronary pressure and flow relationships in humans: phasic analysis of normal and pathologicalvessels and the implications for stenosis assessment: a report from the Iberian-Dutch-English (IDEAL) collaborators.
Eur Heart J. 2015 Nov 26. pii: ehv626. [Epub ahead of print]
1974年にGouldたちが冠血流量と冠動脈狭窄の関係を示した図は、冠動脈狭窄の冠循環生理に関して少し勉強したことがあれば一度は目にしたことがあると思う(Figure 1)(Am J Cardiol 1974;33:87–94.)。安静時の冠血流量は85%狭窄以上の高度狭窄になるまで一定に保たれる一方、心筋充血時の冠血流量は50%狭窄から低下し始める。心筋虚血診断の生理学的指標の一つである冠血流予備比 (Coronary flow reserve = CFR)を理解するのに必須の概念であり、また現在最も使われている心筋血流予備量比(Fractional flow reserve = FFR)を理解するにも重要な概念である。
冠血流と冠動脈狭窄の関係
冠循環生理の教科書や論文ではよく引用されるこの図であるが、実は動物実験に基づくデータであり、その後この特性がヒトでも成立するか否かについてはきちんと証明されていなかった。他にも冠血流と冠内圧の関係に関する冠循環生理の基礎的データは主に動物実験で証明されたものが多い。そこでこのIDEAL研究はヒトにおいても動物実験で証明された冠血流と冠内圧の関係が成立するかの検証を試みている。
本研究はオランダ(Amsterdam Medical Center, VU University Medical Center, Amphia Hospital)、スペイン(Hospital Clinico San Carlos)、と私の留学先であるイギリスのImperial College Londonで実施された多施設共同研究である。
狭心症で冠動脈造影検査を受けた患者301人の567病変において、安静時と心筋充血時の冠内圧および冠血流速度が計測されている。狭窄の程度を人工的に変化させ様々な狭窄度における冠血行動態データが取れる動物実験と異なるため、狭窄の無い冠動脈から高度狭窄を有する冠動脈までの多くの病変から冠血行動態データが取られている(Figure 2)。
冠血流と冠内圧が測定された冠動脈の狭窄度およびFFRの分布
安静時および心筋充血時における冠内圧と冠血流速度のデータに基づいて、FFR、CFR、さらにはinstantaneous wave-free ratio (iFR)、microvascular resistance (MVR)、Trans-stenotic pressure gradient (TG)、baseline stenosis resistance (BSR)、hyperemic stenosis resistance (HSR)、など複数の冠循環の生理学的指標が算出されている (Figure 3)。
安静時および心筋充血時における冠血流速度と冠内圧の測定
最初に冠血流速度と圧較差の関係であるが、狭窄による圧較差は、狭窄の血管抵抗によるエネルギー損失と血流に乱流が生じることによるエネルギー損失の2つの原因で生じ、圧較差 = 定数A×冠血流速度+定数B×(冠血流速度)2の公式で説明されるがこの関係がヒトにおいても成立することが示された。よって狭窄度が高度になるにしたがって圧較差が大きくなるのは当然であるが、同じ狭窄でも冠血流速度が速くなれば圧較差が大きくなることも同時に示されている(Figure 4)。
冠血流速度と狭窄による圧較差の関係
次に狭窄度と冠血流の関係であるが、やはりヒトにおいても安静時冠血流量は狭窄の程度に関わらずほぼ一定に保たれるのに対して、心筋充血時の冠血流量は50%程度の狭窄から低下することが示された(Figure 5)。
冠動脈の狭窄度と冠血流速度、冠血管抵抗、狭窄による圧較差の関係
さらに安静時冠血流に注目すると、冠血流は狭窄の程度に関わらず一定に保たれていても狭窄が冠循環に影響を及ぼしていないのではなく、軽度狭窄の段階から圧較差が生じ、それを代償するように冠血管抵抗を低下させて冠血流を維持していることが証明された。いわゆる冠循環の自動調節能が働いているわけである(Figure 6)。
安静時における狭窄度、冠血流速度、冠内圧、冠血管抵抗の関係
したがって本研究では、これまで動物実験で証明されてきた冠循環生理の特性がヒトにおいても働いていることが証明された。一方でこれまではCFRの正常値は3〜5とされてきたが、本研究において正常冠動脈でもCFRは2.64しかなく、生理学的指標の値に関しては動物とヒトの間で違いがあることも同時に示されている。ヒトにおいて本研究ほどに詳細かつ多岐にわたる血行動態的データはこれまでにないためこれから様々な研究や技術開発おいてreferenceのデータとして使われることが考えられる(Table)。
狭窄度による血流速度、圧較差、冠血管抵抗、各生理学的指標のリファレンス
さらには今回の論文中には掲載仕切れない詳細なデータが蓄積されているため複数のサブスタディが現在進行中である。今後この研究データから多くの知見が見出されることが期待される(私の留学中の仕事の一つもこのデータのサブアナリシスである)。