ハードルをハードルと感じないための準備

ハワイは日系人やアジア系の人も多いので、比較的馴染みやすい土地柄なのでは、と思って渡米しました。現に、肌の色やアジア人であることで軽く扱われるような、いわゆるマイクロアグレッションと呼ばれるような扱いを受けた経験は未だありませんし、職場でも一定のリスペクトを持って扱ってもらえているのがよくわかります。もちろん英語によるコミュニケーションは完璧ではなく、聞き返したり聞き返されることは未だにたくさんあり、これは乗り越えなくてはいけないハードルではあります。それでも幸い、今の所は言語以外のところで特にハードルらしいハードルを感じていない、というのが正直な感想です。

アポ無しで冷蔵庫を運んでくる宅配便や、土曜日に来るといって時間を言わない職人(時間を聞いても返事がないので朝から待っていたら午後4時に来る)や、木曜日にDiscussionをするといってしないボス(しれっと次の日にさあDiscussionしましょうかと言ってくる)など、時間感覚の違いがハードルというかストレスではありますが、こんなことは些細なことです。

現在の職場で快適に研究活動ができている理由は、海外でのポスドクを経験された多くの先輩達のアドバイスに従って動けていることがとても大きいと感じています。ということで、今回のレポートでは、先輩たちからいただいた心に残ったアドバイスをここでは紹介したいと思います。

  1. 研究のプロとして働く気概を持つ

“留学”というと、どうしても学びに行く、教えてもらいに行く、というようなメンタリティになりがちです。勉強させていただく、というへりくだった姿勢では、先方にも軽く見られてしまう可能性があります。お客様的な”留学”がいくら増えたところで、いつまで経っても「安い値段で実験しに来る便利な日本人」という立ち位置からの向上は望めません。「自分はこのラボのプロジェクトを完成させるためのスタッフの一員として働きに来たのだ」というプライドを持ち、速やかに求められた実験を行い、結果が出たら逐一まとめ、ボスに報告する、というプロフェッショナリズムを持つことが重要だと教えてもらいました。

実際にこの哲学に則って動いていると、徐々に物品の購入も比較的自由に行えるようになりましたし、実験のプロトコールについて細かい指定を受けなくなりました。まだ完全に信頼されているとは言えませんが、徐々にやりやすい方向に向かっていると感じます。

  1.  まずは自分から相手を助ける

研究の世界では同僚のポスドクや大学院生はライバルとも言えます。そのため新しくラボに来た我々を、自分の仕事を奪う外国人がやってきた、と捉える人もいます。極端な例では、パソコンからデータを消される、嘘のプロトコールを教えられる、抗体を水に替えられる、などの嫌がらせを受けることもあるそうです。そのくらい生き残りの激しい業界ですから、お互いをライバル視するあまり、ボス以外誰も信じられない環境になっていたという話も聞きます。

そこまでひどい関係でないにしても、仲良くしようと思ったのに塩対応、ということはまれによくある話です。しかしやっぱり相手も人間ですし、しっかりコミュニケーションを取り、同僚が困っていたら自分から手を差し伸べることで、物事というのはうまく転がっていくのだ、と教えてもらいました。ギブ・アンド・テイクと言いますが、ひとまずギブの先行投資をたくさんしておくことで、あとで細かいお願いがしやすくなるということは、自分も実感しています。

ちなみにうちのラボでは塩対応・嫌がらせをするような同僚は、幸い(今の所)いません!

  1. ミーティングを盛り上げる

データを共有するミーティングやジャーナル・クラブは、積極的に参加して盛り上げるだけでも印象は良くなるようです。質問をしたり、次のプレゼンターに立候補したり、やる気のある姿勢を見せることで、ラボ全体の雰囲気も良くなります。

とくにジャーナルクラブのプレゼンターになることは、まだまだ喋りが流暢とは言えないためなかなか荷が重いと感じていましたが、いざやってみればなんとかなるものだ、と思いました。中身を理解して発表に望めば、言語が多少間違っていても理解してもらえますし、ふと出てしまった変な表現も、あちらにとってはご愛嬌といった感じで受け取ってもらえます。むしろキャラ付けくらいになってオイシイくらいのつもりで臨むことが成長の鍵かなと思いました。

  1. ラボに新しい何かをもたらす

今までそのラボでできなかった実験を自分ができる場合は、積極的にその実験でデータを作っていくことも、自分の存在感をアピールする手段かと思います。その実験が自分しかできないものであれば、同僚の仕事を手伝うことで業績に加えてもらえる可能性も広がります。また、実験技術を伝え、そのラボの新しい文化にすることも十分評価に値することだと思います。また、そのラボで今まで外注だった実験が自分たちでできるだけでも、予算をかなり節約することができます。ボスは常にお金のことを考えているため、地味ながらも大きい貢献だったりします。そこまで大げさな話でなくても、当たり前の実験の、小さなコツの情報交換もだって馬鹿にはできません。現に「パラフィン切片を割り箸で作った棒で扱う」という日本では普通にやっていたこと(図1)が驚きと感動を生む、ということがありました。

 

図1. Stick it on the chopstick!

 

<回り回って自分のために>

このようなことを心がけて過ごしています。ボスに多少なりとも信用されれば、大きな実験やらせてもらったり、マウスを優先的に振ってもらえたり、自分がやりやすくなるというのは間違いありません。逆に、こいつは信用できないと思われると、必需品の購入にもあれこれ言われ、実験結果にも難癖をつけられ…という話も聞きます。特に米国はPIの権限が強いため、PIとの相性が悪いとかなり居心地の悪い思いをしてしまうようです。自分なりに努力しながら、時に空気を読みつつうまくやっていく強かさが必要、という点では、米国が特別というわけでもなく、日本でも変わらないなと思いました。

信頼を得られた暁には、プロとしてふさわしい給与を交渉で得ることもできるはずです。現在のところ、贅沢をしなければプラスマイナスゼロ、くらいの給料をもらっており、来てから半年も経過していないため、どのあたりで給与交渉をするのが適切かはまだ様子を見ているところです。日本からの助成金が切れた頃に、「こいつに抜けられたら困る」くらいの存在感を確立したいと考えながら日々実験に勤しんでいます。

 

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原 昭壽(Hawaii, USA)