着用型自動除細動器の使い方 ~医学は理論通りにいかない~

今回は本邦でも2014年4月から使用可能となっている着用型自動除細動器(WCD: wearable cardioverter- defibrillator)に関する話題提供です。
図1
図1. 着用型自動除細動器(旭化成ゾールメディカル社製. LifeVestⓇ)。旭化成ゾールメディカルHPより引用。
心室不整脈(VT/VF)に起因する突然死予防の最も強力なツールは植込み型除細動器(ICD)です。しかしながら、ICDは植込み器機ですので侵襲的であり、一度植え込めば安易に取り除くことはできません。そのため、VT/VFの原因が可逆的である可能性が考えられる際にはその適応に悩むことがあります。
その代表が急性心筋梗塞後に散見されるVT/VFです。適切な治療と時間経過で抑制される可能性があるため、ガイドラインは発症から一定期間のICD植込みを控えるよう推奨しています[1]。ただ、VT/VFが一定の確率で生じることは事実ですし、何度も繰り返すケースもあり、患者さんはもとより医療者側も「本当に大丈夫か?」と心配になるケースもあります。そんな時に重宝するのがWCDです。CCUでVT/VFを認めた患者さんを一般病棟に後送する際、WCDがあると受け入れ先の看護師さんの安心感がまるで違います。WCDが登場する以前は病棟師長が受け入れを渋ること渋ること・・・(この苦労、お分かり頂けますよね・・・苦笑)。
もちろん運用上の問題点・制限はあります。
・不適切作動を回避するレスポンスボタンを自分で管理できる方が対象。
・2014年当初と比較して改善されたとはいえ、未だに使用すれば病院側の持ち出しになる(当初は138,100円/月、現在は1,300円/月の持ち出し)。
・愛媛のような田舎の場合、業者からWCDが到着するまで1日程度のタイムラグが生じる(大阪からお取り寄せ)。
それでも下図のような症例がいらっしゃることを考えれば心強い選択肢であることに変わりありません。
図2
図2.(文献2より引用): WCDによるショック治療の実際
このWCDに関して興味深い論文が報告されましたので今回のトピックスにさせて頂きます。
Wearable Cardioverter–Defibrillator after Myocardial Infarction.
Jeffrey E. Olgin, et al.
N Engl J Med. 2018; 379:1205-1215. [3]
背景: 心筋梗塞発症後に低左室駆出率を認める患者の突然死発症率は高率であるが、心筋梗塞発症40~90日間はICDの植込みは禁忌とされている。WCDがこの高リスク期間中の突然死発症率を減少させ得るかどうかは明らかではない。
方法: 急性心筋梗塞を発症し左室駆出率が35%以下の患者を、ガイドラインに定められた標準治療に加えWCDを装着する群(デバイス群)と標準治療のみの群(対照群)に無作為に2:1に割り付けた。主要評価項目は90日時点の突然死もしくは心室不整脈死の複合エンドポイント(不整脈死)、副次評価項目は全死亡および非不整脈死とした。
結果: 2,302人の参加者のうち、1,524人がデバイス群に、778人が対照群に無作為に割り付けられた。デバイス群のWCD着用時間は中央値18.0時間/日(四分位範囲: 3.8-22.7時間/日)であった。不整脈死はデバイス群で1.6%、対照群で2.4%に生じた(相対リスク 0.67; 95%信頼区間 0.37〜1.21, P = 0.18)。総死亡はデバイス群で3.1%、対照群で4.9%に生じた(相対リスク 0.64; 95%信頼区間 0.43~0.98; 未補正P = 0.04)。非不整脈死はデバイス群で1.4%、対照群で2.2%に生じた(相対リスク 0.63; 95%信頼区間 0.33〜1.19; 未補正P = 0.15)。デバイス群で死亡した48人のうち、12人が死亡時にWCDを装着していた。デバイス群の20人(1.3%)に適切なショック治療が行われ、9人(0.6%)に不適切ショックを認めた。
図3
図3.(論文3より引用) 主要評価項目 (A: 不整脈死)および副次評価項目 (B: 非不整脈死, C: 総死亡)
結論:心筋梗塞を発症し、かつ、左室駆出率が35%以下の患者において、WCDは不整脈死の減少に寄与しなかった。
【私見】
大方の予想に反してWCDは不整脈死を減らさないという結果でした。なぜそうなったのでしょうか?著者らも様々な考察を加えていますが、やはり大きな要因の1つは着用時間だと思います。
【WCD着用時間】
本研究のWCD着用時間は1日あたり中央値18.0時間(四分位範囲: 3.8-22.7時間)、平均14±9.3時間です(表1)。弘前大学から報告された本邦のWCD初期使用成績[4]の着用時間が23.7 (23.6-23.9)時間ということを考えますと、お世辞にも良いとは言えません。もちろん追跡期間が異なりますし(本研究の方が長期)、長期間の入院が可能かつ病院アクセスが容易な日本のデータと直接比較はできませんが、着なければ意味がないデバイスですのでここは重要なポイントです。
表1
表1.(論文3より引用、一部改変): デバイス群でも全く着用していなかったり、対照群でもWCDを着用していた患者も存在する。また、早期にICD植込みが行われた患者も一部存在する。
図4はWCD着用率の推移ですが、着用率は経時的に低下しています。着ない人が増えていった結果、不十分な着用時間になったようです(図5)。
図4
図4. (論文3 Supplementary Appendixより引用): WCD着用率の推移
図5
図5. (論文3 Supplementary Appendixより引用): デバイス群全体の着用時間の推移
一方で、WCDを予定通り着用していた方のみを対象にその着用時間を調べた場合は、全期間を通じて良好な着用時間が得られています(図6)。
図6
図6. (論文3 Supplementary Appendixより引用): デバイス群のうちWCDを着用した患者のみを対象にした着用時間の推移。着る人はきちんと着ている。
今回の結果は、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という人間の性を如実に表していると言えるでしょう。ある意味リアルワールドを反映したデータだと思います。使用にあたっては十分な患者教育が必要のようです。
【不十分な着用時間の影響】
表2はイベントの詳細です。これを見て驚きました。デバイス群で不整脈死を来した25名中、死亡時にWCDを着用していたのはわずか9人でした。残りの16人はWCDの恩恵を受けるチャンスを逃してしまったことになります。とても残念でなりません。言っても仕方の無いことですが、「もし着ていれば・・・」と思ってしまいます。
表2
表2. (論文3より引用)。イベントの詳細。
【シミュレーション:もし奇跡的に全員が完璧にWCDを着用していたら・・・】
どうしても「もし・・・」が気になってしまって、論文に記載されているデータを元に勝手にシミュレーションをしてみました。ここから先は完全に個人的な興味に基づく私の空想・妄想ですので笑って読み流して下されば幸いです。
まず死亡時の状況をおさらいします。デバイス群で不整脈死を来した患者は25人です。そのうち死亡時にWCDを着用していた患者は9人、着用していなかった患者は16人です。
次に、WCD治療の成功率を算出します。「観察期間中に適切作動が行われた患者は20人(全員デバイス群)。そのうち6人が死亡した(14人が生存)」とありました。ここからWCDが適切に作動した場合の生存率を70%に設定します。
最後に、死に至るイベントの何割がWCDの治療対象かを求めます。デバイス群において、あらゆる原因で死亡した48人のうち、12人が死亡時にWCDを着用していました。この12人のうち、6人でWCDが適切作動し(頻拍に適切に作動したが再発もしくは心静止で死亡)、残りの6人では作動していません(房室ブロックや心静止などのため)。ここから、死に至るイベントが生じた際のWCD適切作動の可能性を50%とします。
上記の数値を用いて計算しますと、「もしWCDを着用せずに不整脈死を来した16人が完璧にWCDを着用していた場合、そのうちの50% に適切作動のチャンスがあり、適切作動すれば70%の確率で生存した」可能性があります。つまり、16人中5.6人が生存したかもしれません(16×0.5×0.7=5.6)。誤差を考慮し少なく見積もって5人が生存したと仮定しますと、デバイス群と対照群の内訳は下記のようになります。
デバイス群: 1,524人のうち不整脈死20人(1.3%)
対照群: 778人のうち不整脈死19人(2.4%)
この数値で解析しますと、両群間の差はP = 0. 0469となりました。
繰り返しになりますが、仮定の計算は無意味であることは十分理解しています。しかしながら、本研究を立案する段階では同じように仮定の確率を用いて患者数やイベント数を決めたはずです。実際に、当初の予想ではWCDは十分な効果を発揮する計算になっていたようです。その際、当然WCDの着用率も考慮されていました。著者らは全体の着用率を7割と予想したようですが、開始からわずか2週間で7割を切ってしまうという予想外の展開だったようです。「医学は理論通りにいかない」という永遠の命題を改めて我々に思い知らせてくれる結果だと思います。
【おわりに】
「画一的なWCD使用は推奨されない。しかしながら、WCDを必要とする患者は確かに存在する。そして、使用の際には十分な情報提供と患者教育が必要である」
私はこう解釈しました。真に必要な患者を選択し、適切に治療の機会を提供すべきということでしょう。そのためには数値で測れる因子(LVEFなど)だけでなく、数値にできない因子(患者の性格や社会的背景)も考慮しなければなりません。おそらくこの双方を同時に考えることができるのは人間だけであって、たとえ進化が著しいAI (人工知能)であっても不可能ではないでしょうか(将来的にはわかりませんが・・・)。なぜなら、感情を有する人間が行う非論理的な行動は人間以外には理解できないと思うからです(今回の場合でしたら、着た方が良いのに着ない・・・)。だからこそ人間が医療を行うことが大切なのだと私は信じています。そして、数値だけでなく全人的に病気を診ることができる医師でありたいと思っています。
【参考文献】
1. Epstein AE, et al. 2012 ACCF/AHA/HRS focused update incorporated into the ACCF/AHA/HRS 2008 guidelines for device-based therapy of cardiac rhythm abnormalities: a report of the American College of Cardiology Foundation/American Heart Association Task Force on Practice Guidelines and the Heart Rhythm Society. Circulation 2013; 127: e283-352.
2. Sasaki S, et al. Usefulness of the wearable cardioverter-defibrillator in patients at high risk for sudden cardiac death. Circ J 2014; 78: 2987 – 2989.
3. Jeffrey E. Olgin, et al. Wearable Cardioverter–Defibrillator after Myocardial Infarction. N Engl J Med. 2018; 379:1205-1215.
4. Sasaki S, et al. Potential roles of the wearable cardioverter-defibrillator in acute phase care of patients at high risk of sudden cardiac death: A single-center Japanese experience. Journal of Cardiol. 2017; 69: 359–363.

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川上 大志(Melbourne, Australia)