「日本の科学・医学研究は世界においてどのような立ち位置にあるか」
「このボーダーレス時代において、海外に留学することは日本の科学研究というマクロな観点ではどのような意味を持つか」
「MDは基礎医学研究のメインプレーヤーであるべきか」etc…
こちらに来てから、今まで考えもしなかったようなことに思考を巡らせることが多くあります。このレビューの場では、容易には全貌を捉えきれない、最適解に到達できない、上記のような普遍的な命題に対して、SUNRISEレポーターの中では珍しい基礎研究での留学者としての体験も活かしながら、迫ってみたいと思います。
初回は、日本の科学研究の低迷を示すNature Indexをご紹介したいと思います。
<Nature Index Japanの衝撃>
図1.「Nature Index 2017」表紙
2017年3月、世界をリードする国際的科学誌「Nature」は、我が国の科学研究を憂慮する別刷りの特集「Nature Index 2017 Japan」を発行しました(図1、文献1)。「Bright Sparks Needed」という表題はなんともセンセーショナルです。表紙人物には、世界的に注目が集まっている日本人研究者、落合陽一氏が起用されています。この特集では、主要な68の学術誌に掲載された科学論文の著者・所属機関に関するNature独自のデータベース(Nature Index、注)に加え、Web of ScienceやElsevier社のScopusというデータベースの分析をもとに、日本の科学生産が低下傾向にあることがはっきりと示されています。
引き続いて翌年には「Nature Index 2018 Japan」が発行され、日本の科学研究の現状や問題点についてさらに詳細な検討がなされています(文献2)。それでは、この「Nature Index 2018 Japan」の具体的な内容を見ていきましょう。
<低下する日本の国際シェア>
前年の「Nature Index 2017 Japan」では、日本の高品質な科学論文数が2012年から2016年の5年間で19.6%減少したことが報告されていましたが、「Nature Index 2018 Japan」では続く1年間でここからさらに3.7%減少したことが明らかになりました。これに伴い、高品質な科学論文に占める日本からの論文の割合は、2012年の9.2%から2017年の8.6%に減少しています(図2)。最大シェアを誇る米国でもその割合は減少傾向である一方、中国の凄まじい伸びが見て取れます。
図2. 高品質な科学論文における各国のシェア
共著を含めた科学論文への貢献度の総和を表す指標(weighted fractional count: WFC)による評価において、中国は米国に次ぐ2位に躍進しており、現在日本は独(3位)、英(4位)に次ぐ5位に位置しています(図3)。実は日本ではGDP比3.29%という高い水準の研究開発費用が充当されており(図4)、上述のWFCをこの研究開発費用で除して科学生産の費用対効果を評価すると、日本はなんと世界30位にまで転落することが指摘されています。
図3. 共著を含めた科学論文への貢献度(WFC)の国別ランキング
図4. GDP比で見た各国の研究開発費用の推移
<全ての領域において、日本は世界の伸びに遅れを取っている>
ここまでの評価は、医学だけでなく、化学、物理学、工学、天文学、環境科学などあらゆる科学領域を総合したものになります。ここで、領域別の評価を見ていきましょう。
事実、我々が従事する医学領域は、日本の科学論文の主要なソースとなっています。2007年から2017年までの10年間で、医学を含めいくつかの領域ではその論文「数」は増えています(図5 左上)。ところが、全世界ではこの10年間に日本の増加分を遥かに凌ぐ数の論文が発表されているため(図5 右上)、国際シェアで評価すると見事に全領域で減少が確認できます(図5下)。
図5. 日本の科学論文の領域別経時変化
左上: 論文数の変化(2007年と2017年の比較)
右上: 直近10年の論文数の増減(世界と日本の比較)
下: 国際シェアの変化(2007年と2017年の比較)
<科学研究低迷の背景にある様々な要因>
一体この背景にはどのような要因が存在しているでしょうか。文献中ではまず、ドイツ、中国、韓国など他の主要国が科学技術予算を大幅に増やしている一方で、日本政府の予算は2001年以降停滞していることが挙げられています。上述のように、我が国の研究開発費用総額は高い水準にありますが、そのうち政府から大学等に支払われる基盤的資金(運営費交付金等)は減少傾向にあります。競争的資金とは異なり常勤職員の人件費に充てることのできる基盤的資金が減少することによって、各大学は長期雇用の職位数を減らし、研究者を短期契約で雇用する方向へと変化したのです。短期契約で雇用されている40歳以下の研究者の数は、2007年から2013年にかけて2倍以上に膨れ上がっています。数年で次のポジションを探さないといけない状況では、腰を据えて独創的な研究テーマに取り組むことは困難でしょう。さらに皮肉にも、このような状況でも大半の博士研究者はアカデミアに残っており、大学と同等、ともすればそれ以上に重要な研究の担い手である企業に効率的に博士研究者が流れていない現実も指摘されています。
その他、キャリアパスの不安定さや学費負担の懸念から博士課程進学者が減っていること、主に言語の障壁によって国際流動性が主要他国に比べ低いことなども、科学研究低迷の要因として議論されています。加えて、科学技術分野において女性従事者の割合が他国に比べ低い点も言及されており、性差を含む多様性は合理性や革新を生む原動力だと記述されています。
もちろん、上記のような課題に対し日本政府は様々な取り組みを行っています。これについては機会があれば後日ご紹介したいと思います。
<注: Nature Indexとは>
Nature Indexは、現役科学者からなる独立したパネルが選定した、68誌の自然科学系学術ジャーナルから出版される研究論文の著者の所属機関を記録したデータベースです。現在では、直近12カ月のデータがWeb上に公開されています(
https://www.natureindex.com)。これにより、世界150カ国の8,500以上の機関において、どの分野でどれだけ高品質な成果が発表されているか、またどの国・どの機関と共同研究が行われているか、簡単に検索を行うことができます。各パラメーターでソートすれば、国別・機関別のランキングを見ることもできます。少し触ってみると面白いかもしれません。
<引用文献>
1)
Nature. 2017;543:S1-S40. 2)
Nature. 2018;555:S49-S74.
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次回は続編として、科学研究の現状についての日本独自の分析結果を引用し、私たち医師の関わる医学研究によりフォーカスしたレビューをお届けします。また、私個人の留学先での体験を踏まえ、総評を追記したいと思います。