心筋梗塞入院患者のエコーは無駄!?

Pack QR, et al. JAMA Intern Med. 2019 Jun 17. doi: 10.1001/jamainternmed.2019.1051.
 
今回はMultimodalityとも弁膜症とも離れた番外編です。
BossがFacebookでこの論文に文句を言っていたので取り上げてみました。
 
背景:
心エコーは急性心筋梗塞(AMI)の診療に置いて様々な重要な情報を得ることができ、心機能評価にも第一に用いられる。また、心原性ショック、併存弁膜症の評価、心嚢水の有無、機械的合併症の評価など広い範囲に対応することができるツールである。一方でエコー検査による新たな所見は11%に留まることも報告されている。ガイドラインではAMIで入院した患者における心エコーを推奨しているが、心エコーの施行とアウトカムの明確な関係は示されていない。
 
目的:
多施設の大規模データベースを用い、病院間における心エコーの施行率とoutcomeについての関係を調べること。
 
方法:
米国の約15-20%の病院が参加しているPremier Healthcare Informaticsの入院患者データベースを用い、2014年1月-12月の一年間の入院患者について調査を行なった。治療コードによりAMIと診断された患者を選別し、年齢、性別、人種、保険の種類、合併症などの情報を得た。患者重症度の評価のため、集中治療に用いたカテコラミン、人工呼吸器の使用、IABP、動脈圧ラインの使用などの情報を用いた。また、病院のサイズ、教育、地域性などに関しても評価した。評価期間内に25人以上のAMI入院患者を有する病院を対象とした。
心エコーに関しては全ての入院におけるの施行回数(経食道エコー、負荷エコーを含む)と施行された日付に関してBilling code (医療費請求のためのコード)を用いて調査された。その他、EF測定に用いられた他のmodality (Nuclear imaging, LVG, cMRI)についても調査された。
主要な評価項目として、以下の4つを定義した。

  1. 院内死亡
  2. 入院日数
  3. 入院費用
  4. 3ヶ月以内の再入院

 
結果:
397病院、98,999例(女性38.2%、平均66.5±13.6歳)が登録された。うち69,652例(70.4%)で1回以上の経胸壁心エコー(TTE)が行われた。2回以上エコーが施行された患者は4,107例(4.1%)で、うち3,903例(95%)は経食道エコーであった。負荷エコーは776例(0.8%)にとどまった。
ほとんどのTTE (56,715例, 81.4%)は入院日もしくは入院翌日に施行されており、他のmodalityによるEF評価はまれであった(Nuclear cardiac imaging 4743例[4.8%], LVG 1678例[1.7%], cMRI 295例[0.3%])。
他のModalityを用いたEF評価を加えるとEF評価が入院中に行われた症例は73.6%であった。
TTEが施行された症例とされなかった症例を比較すると、TTE施行症例では以下の項目が多かった。
心不全(34.8% vs. 24.8%), 肺疾患(6.9% vs. 4.1%), ICU症例(59.0% vs. 43.8%), Non-invasive ventilation (9.5% vs. 5.1%), Invasive ventilation (17.4% vs. 11.5%), カテコラミンの使用(12.1% vs. 7.0%), 昇圧剤の使用(21.9% vs. 14.9%), IABPの使用(5.1% vs. 2.8%)
調整前の解析ではTTE施行症例で入院日数が長く(5.1±4.5 vs 3.3±3.1 days)、医療費も高かった($19,464±17,602 vs. $13,455±11,507) 。一方で院内死亡率(4.5% vs. 5.4%, P<0.001), 3ヶ月以内の再入院率(18.2% vs. 18.9%, P=0.01)は低かった。
心エコー実施率の病院間での中央値は73.9%であった。(2%-95.3%に分布) (Figure 1A)
リスク標準化を行なった上での心エコー施行率の平均は68.8%, 中央値は72.5%であった(Figure 1B) 。施行率で4分割したグループそれぞれのエコー施行率中央値は54%, 67%, 76%, 83%であった。
Figure1(Figure 1: 心エコー施行率による医療機関の分布)
施行率が最も低かったグループ(Quartile 1)と比較し高かったグループ(Quartile 4) ではメディケード患者*が多く(9.5% vs 6.4%)、ICUもしくはそれに準ずる病室の使用率が高く(59.8% vs 51.1%)、左室造影の施行率が高かった(5.5% vs 0.1%) (Table 1)。
*米国の医療保険の種類。低所得者、身体障害者などを対象とした医療扶助制度。
Table1-1Table1-2(Table 1)
年齢、性別、人種、併存症、臓器障害は心エコー施行率と関連しなかった。一方で心エコー施行率の高さは核医学検査の施行率、ACE阻害薬/ARBの使用と関連していた(Figure 2A,B)。
Figure2(Figure 2)
また、Quartile 4ではQuartile 1と比較しカテーテル施行可能な病院の率、PCI施行可能な病院の率が高かった(Table 2)が、Table 1に示された受けた治療に関しては影響しなかった。
Table2(Table 2)
病院と患者の特徴を用いて補正したモデルにおいて、Quartile 4の患者はQuartile1の患者と比較し院内死亡(OR 1.02)と3ヶ月以内の再入院(OR 1.01)について有意な差を認めなかった。しかし、Quartile4ではQuartile1よりも0.23日入院期間が長く(P=0.01)、1回の入院にかかる費用も$3,164高額であった(P<0.001)。
Table3(Table 3)
 
考察:
今回の研究では心エコー施行率の最も高い群(施行率中央値83%)と最も低い群(施行率中央値54%)の間で死亡率、3ヶ月間の再入院率に差を認めず、一方で入院期間の延長(p=0.01)と高い医療費(p<0.001)と関連していた。これらの結果からアメリカ合衆国の現在の医療状況においてより厳密に心エコーをオーダーする患者を選択することで医療費の抑制につながる可能性があると筆者は主張している。
決してAMIにおける心エコー検査に価値がないと主張しているわけではない。理由として、ACE inhibitor/ARBの使用はわずかとはいえ今回の研究でエコー施行率と関連しており、これらの薬剤の使用の判断基準になることが挙げられる。また、除細動器の適応や心室内血栓の有無の判断などの必要性も理由の一つとして挙げられる。しかし一方で全体的な結果から見るとエコーが安全に“施行しないで良い状況”が存在する可能性があることを示唆している(例えば既にEFが低下していることがわかっている患者、良い画像が撮れないことがわかっている患者、完全に心電図がnormalな患者、軽度のtroponin上昇のみでAMIと診断された患者などでの再検査など)。
エコーの施行率が予後と関わるかに関してはこれまでも多くのstudyが行われているが、本研究のように患者の重症度や病院の規模などで標準化された大規模データは少ない。今回の研究の結果、コストの差は単純にエコー施行率の差ではなく、病院それぞれの検査に対する慣習が反映されている可能性がある。
Limitationとしては長期予後のデータがなく、エコーを施行したことによる長期的なbenefitが結果に反映されていない可能性がある。また、LVEFを含む検査結果も研究の結果に含まれておらず、EFにより層別化した解析などは困難である。
 
私見:
この論文の結論として重要なのは、筆者も主張しているように決して心エコーがAMIの治療において無駄ではないということ。だからタイトルの答えは当然No!です。
しかし、この結果が一人歩きして解釈される可能性も充分にはらんでいると思います。この論文があるから心筋梗塞患者に心エコーはしない!とか言いださないでほしいなあ…。
結果にはアメリカ合衆国の医療保険制度が大きく関与してそうではあります。そもそも入院日数は日本に比べてかなり短い(平均4-5日程度)し、中には入院中のエコー施行率が2%って病院もあったりします。また、医療費請求コードに基づいて算出されているので、全ての検査が含まれているのかわかりません。ちょっと研修医や学生が勉強も兼ねて心機能みておこうかな的なエコーは果たして含まれているのか謎です。
日本は入院中の医療費がDPC化されているので、医療費の面はあまり関係ないかもしれません。もちろん軽症患者をエコーしたいからもう一日入院延ばす必要はないんだろうなと感じますが。
この論文を読みながら思い出したのは、スワンガンツカテーテルの有用性に関しての議論です。スワンガンツカテーテルは予後を改善しない**から入れない!というICU、結構多いんじゃないかと思います。
**Shah MR, Hasselblad V, Stevenson LW, et al. Impact of the pulmonary artery catheter in critically ill patients: meta-analysis of randomized clinical trials. JAMA 294:1664-1670, 2005
ただ、『予後を改善しない=有用性がない』は治療行為について言えても検査行為には当てはまらないと私は思います。実際必要なシチュエーション、ありますよね?
また、心エコーとスワンガンツカテーテルの違いのもっとも大きな点は侵襲性です。ほとんど無侵襲の経胸壁エコーをやって11%も新たな所見が得られるのなら、やるでしょ。日本では。
だいぶ感情的な私見になっていますが、結果を過大解釈しないよう留意した上で今後の臨床に生かしていくことが重要ではないかと思います。実際、日本の病院におけるコスト意識はかなり甘いと感じますし、入院期間も無駄に長いと感じることがあります。この論文を読んで医療経済的な視点から日本の医療を見つめ直すことは大変有意義なことだと思います。私自身、あまりこういった大規模コホートスタディをちゃんと読むことは少なく、社会的側面を含め改めて色々なことを知り、勉強になりました。

k_hirasawa
k_hirasawa
平澤 憲祐(Leiden, Netherlands)