『医学研究の論文は、医学教育の教科書である。』

私が最近注目している論文は、海外の先生の書いた論文でなく、日本の先生が書いた論文です。
BMC Medical Educationという医学教育の雑誌に今年の8月に出版されたもので、POCUS (Point-Of-Care Ultrasound) という、最近注目されているベッドサイドで簡易的かつ短時間で行える心臓・腹部・肺・血管などを含む全身エコーの教育効果に関する論文です。
Toru Yamada, et al. “Skills acquisition for novice learners after a point-of-care ultrasound course: does clinical rank matter?.” BMC medical education 18.1 (2018): 202.
POCUS yamada abst
まずは、論文の内容をざっくり私の言葉で日本語で意訳します。(あくまでも私の意訳です。)
[Background] 全身エコー (以下POCUS)は、内科医・救急医・集中治療医の間で、比較的最近注目されてきたエコーの手法であるため、臨床経験の少ない医師から多い医師まで、POCUSの初学者は存在する。いままで様々なPOCUSのトレーニングの教育効果の研究がされてきたが、同じPOCUS初心者でも、医師としての経験値が高い医師と、後期研修医以下の医師や学生を対象にした場合では、その学習効果に差があるのかどうかを調査した研究はほとんどない。この研究の目的は、専門医以上のPOCUS初学者と、後期研修医以下のPOCUS初学者に対して同様の1日のトレーニングコースを行った場合、エコー画像の解読技術および自信の変化に両群で差がでるのかどうかを調査することにある。
[Methods] 1日のPOCUSトレーニングを日本病院総合診療医学会で開催した。on-line education, live lecture, hands-on trainingを使用し、標準化されたトレーニングカリキュラムでトレーニングを実施した。トレーニングの前後に参加者のエコーの知識と画像の解読技術をテストと、エコーに対する自信をアンケートにとった。
[Results] 合計60人の参加者で、そのうち51人がすべてのテストとアンケートを実施した。51人のうち29人が後期研修医以下の医師・学生で、22人は専門医以上の医師であった。後期研修医以下の医師学生のテストの点数は、65.5%から83.9%に有意に上昇し、専門医以上の医師のテストの点数は、66.7%から81.5%に有意に上昇した。また、エコーに対する自信も両者ともに上昇した。トレーニング前後のテストの点数とエコーに対する自信の改善度は、両群間で有意差はなかった。
[Conclusion] 後期研修医以下の医師・学生の群でも、専門医以上の医師の群でも、POCUSのエコー画像の解読技術およびエコーに対する自信は同様に有意に上昇し、両群の変化率に差はなかった。POCUSのトレーニングコースを組むにあたり、POCUSの初心者であれば、医師としての経験年数は考慮せず、同様のトレーニングコースを実施しても、効果的な学習効果が得られる可能性がある。
Fif. 2 トレーニング前後のテストの点数の変化   Fig.3 トレーニング前後のエコーに対する自信の変化
POCUS yamada prepost results
POCUS yamada confidence results
 
 
 
 
 
 
 
ただし、私が今回皆様に紹介したいことは、この教育研究のResultsではなく、ずばり研究のDesignです。教育の研究を行うのにとても重要なDesignを著者は丁寧に実行しており、そしてそのことは、教育の研究をやらない先生も知っておいたほうが良いことなので、この研究Designの、どこが、なぜ、重要なのか箇条書きにしていきます。
① 統一・標準化された教育カリキュラムを実現するために、トレーニングにあたった指導者は、前もって教育者講習として、米国のPOCUSエコーの講師陣による2日間のトレーニングを受け、POCUSの指導方法を勉強している。また、指導者としての一定の基準まで到達できているか最終的にPOCUSのエキスパートから評価されたうえで、当日のPOCUSトレーニングコースの指導にあたっている。
② POCUSトレーニング当日の指導者:参加者の比率は1:3に固定し、参加者の教育機会の均等を保つようにしている。
③ 指導者は、参加者のバックグラウンドやテストの成績の情報は知らされず、特定の参加者への指導に偏りが生じないようにされている。
④ 教育前後でテストとアンケートを行い、トレーニングが参加者にとって有用なものであったか評価する。
(⑤ 学会の教育プログラムを研究に使用することで、参加者の募集を容易にしている。)
以上の内容は、参加者が受ける教育を統一・標準化することや、参加者のベースラインやトレーニング後の変化を評価することは、教育の効果を検討する研究を行うためには必須であるために著者たちが行ったことである。しかし、教育効果の研究に必須のことは、実は実際の医学教育の現場でも必須のことである。
なぜなら、
① 指導者によって指導方法の違いが大きいと、研修医の成長にばらつきが出てしまうので、指導方法の標準化は必須である。
② 指導者が、指導者として適切な知識や技術を持っているか第三者から評価されることは必須である。
③ 教育が有効に行われているかどうか、教育の前後で評価し、指導者にfeedbackされるべきである。
④ 指導者が特定の研修医のみを熱心に指導したり、逆に指導しなかったりすることはあってはならない。
(⑤ 学会の教育プログラムなどは、やる気のある医師ががお金を払って参加する場合が多く、より計画的で教育効果の高いプログラムが要求される可能性がある。)
つまり、私が言いたいことは、教育の研究をするための必要条件と、実際の医学教育の現場での教育者の能力の必要条件は同じであるということです。しかしながら、一度でもこのような医学教育の効果を研究したことが先生ならわかると思いますが、教育方法や指導医レベルの標準化は、とても大変であり実現が難しい問題ではあります。ただ、このような教育効果の研究に携わる医師が増えれば、自ずと、日本の医学教育の現場も改善してくるのではないかと私は考えています。
もし、学会などで心エコーなどのトレーニングコースなどの教育プログラムを担当している先生方がいらっしゃいましたら、この論文を参考にして、ぜひ、その教育方法の効果や妥当性と検討してみてはいかがでしょうか?
予想外の発見や参加者からのfeedbackが得られることは間違いないと思います。
 

s_jujo
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重城 聡(Hawaii, US)