ボン大学ハートセンター 田中徹
今回は、最近報告されている三尖弁カテーテル治療における右室機能についてまとめさせていただきます。
【はじめに】
三尖弁閉鎖不全症(TR)の患者の多くは、右房や右室の拡大に伴って生じる二次性TRであることが知られています。背景にある右室リモデリングの結果、右室機能が低下してしまっているTRの症例を多く目にします。右室機能の低下を伴うTRは右室機能が維持されている症例と比較すると予後不良であることが知られています。単施設のレジストリーデータの後ろ向き観察研究では、中等症以上の機能性TRをもつ患者においてTAPSE (Tricuspid annular plane systolic excursion)の低下(<17 mm)が全死亡と有意に関連していることが報告されています(1)。
さらに外科手術においても、右心機能低下が周術期リスクや術後の予後に関与しており、右心機能が低下してしまう前にTRの治療介入を行うのが望ましいと考えられています。2021年のESC弁膜症ガイドラインでは、すでに高度の右室機能低下を呈している二次性の単独TRに対しては、薬物治療が推奨されており侵襲的治療介入は推奨されていません(2)。しかし、その最新のガイドラインでも具体的な右心機能の評価方法とそのカットオフについてはまだ記載されておらず、曖昧なままになっているところも残っています。
現在、ヨーロッパでは三尖弁のカテーテル治療が開始されています。外科手術と比較すると侵襲度も低く、薬物治療と比較して、カテーテル治療により予後改善が得られる可能性が報告されています(3)。そして2021年のガイドラインでも、外科手術の適応となるが手術リスクの高い症例でカテーテルによるTR治療が選択肢とされています(Class IIb)。一方で、右心機能低下を伴うTRに対すカテーテル治療による侵襲的治療介入の意義はまだわかっていません。
【三尖弁カテーテル治療におけるTAPSEの有用性】
右心機能の代表的な指標としてTAPSEとカテーテル治療後の予後との関係が報告されています。その中でも、国際レジストリーであるTriValve registryからのデータを紹介します。
2019年にJACC interventionに掲載された報告では、Edge-to-Edge repairのカテーテル治療を行われた240名の症例で、手技成功の予測因子に加え、治療後1年以内の全死亡の予測因子を評価しています(4)。その結果、残存TR (TR≧3+)や非洞調律, 腎機能障害などが1年以内の全死亡と相関していましたが、TAPSEと死亡率には明らかな関連は認められていません。
2020年に同じくTriValve registryから右心機能にフォーカスを当てた論文が報告されています(5)。2015年から2018年にかけてEdge-to-Edge repairでのTRの治療を受けた249名を解析しています。治療前のTAPSEを4群に分けて、治療後1年以内の死亡・心不全入院のイベント発症率を比較していますが、ここでも4群間でイベント発生率に明らかな差は認められませんでした。
連続変数としてのTAPSEで解析してもイベント発症率と相関が認められず、さらに、その他の右心機能の指標としてRV fractional area changeやRV end-diastolic volumeも解析されましたが、いずれも治療後の予後との関連は認められませんでした。
一方で、同じTriValve registryから2020年にpublishされた別の解析では、TAPSE <17 mmが1年以内の死亡・心不全の発生と有意な関連を示しており、他の報告とは異なった結果でした(6)。上述のように、解析によって結果が様々で、はっきりとしたことが言えない状態です。
また、少し違った側面からにはなりますが、propensity score matchingを用いて、右心機能のサブグループ毎にカテーテル治療群と薬物治療群を比較した論文も報告されています(7)。2014年から2020年にかけて三尖弁カテーテル治療(デバイス問わず)を行った288名と、ほぼ同時期に薬物治療を受けていた高度TRの患者562名をPropensity score を用いてマッチングしています。年齢やTAPSE、eGFRやLVEFなどを用いてカテーテル治療に対するpropensity scoreを計算し、カテーテル治療群と薬物治療群でそれぞれ213名ずつがマッチしています。propensity score matching後の比較では、過去の報告と同様に、カテーテル治療群で1年以内の死亡率は有意に低い、という結果でした。
本研究ではさらに、マッチング後の患者群をTAPSEの値によってサブグループに分けています。Reduced RV function (TAPSE <13 mm), Mid-range RV function (TAPSE 13-17 mm), Preserved RV function (TAPSE >17 mm)の3つのサブグループです。
薬物治療群においてはReduced (TAPSE <13 mm)とMid-range (TAPSE 13-17 mm)で死亡率が高かったのですが、カテーテル治療群においてはMid-range (TAPSE 13-17 mm)の死亡率はPreserved (TAPSE >17 mm)と同程度でした。そのため、カテーテル治療群と薬物治療群で比較すると、Mid-range RV function (TAPSE 13-17 mm)ではカテーテル治療群で1年死亡率が薬物治療群より低いという結果でした。一方で、他の2つのサブグループでは両群間に有意差は認められませんでした。 つまり、TAPSE 13-17 mmぐらいの軽度のRV function低下症例がカテーテル治療の恩恵を最も受けやすいのではないか、と考えられます。また、データはありませんがTAPSEが高度に低下していると、カテーテル治療後の十分なリバースリモデリングが得られない可能性があること、一方で、TAPSEが低下していない症例ではイベント数が少なく、この症例数ではパワー不足である可能性あること、などが考察として挙げられています。
これらの報告を考慮すると、おそらく右心機能は三尖弁カテーテル治療の予後に影響を及ぼしうるとは考えられますが、その指標としてTAPSEのみで十分なのかどうかはまだはっきりとしない印象です。TAPSEは簡易で汎用性の高い評価方法だと考えられますが、正確性や再現性なども考慮するともう少し大きな患者群で解析しないと統計学的な差は出てこないのかもしれません。
【TAPSE以外の右心機能評価の展望】
TAPSE以外の右心機能の指標についても、三尖弁カテーテル治療を行う患者においてその有用性が検討されています。それらの中でもMRIでの評価が注目されています。右室の構造は複雑であり、2Dの評価でその全体像を捉えきることは難しいと考えられます。一方で、MRIであれば、右室全体を全収縮周期で評価することが可能で、高い再現性も期待できます。
2021年に、そのMRIでの右心機能評価の三尖弁カテーテル治療患者における有用性が報告されています(8)。2016年から2020年にかけて三尖弁カテーテル治療を受けた118名のうち、術前に心臓MRIを施行した79名が解析されています。エコーでのTAPSEに加えて、MRI画像を用いてRV ejection fraction (RVEF), RV strainを計測しています。TAPSE <17 mm, RVEF <45%をRV dysfunctionのカットオフ値として設定されています。
TAPSE <17 mmは治療後1年の死亡・心不全入院の発生率と有意な相関はありませんでしたが、RVEF <45%はイベント増多と有意に関連していました。やはり二次元的なTAPSEよりも右室全体の評価であるRV EFが治療後の予後に反映していると考えられます。
そこで、患者をさらに、TAPSEとRVEF共に正常(Type I), TAPSEのみ低下(Type II), TAPSEとRVEF共に低下(Type III)の3群に分類しています。すると、Type IとIIと比べ、Type IIIでは有意にイベント発生率が高いという結果でした。
また、RV strainについて評価を行うと、TAPSEが低下しているType IIとIIIではType Iと比較して、Longitudinal strainの低下が認められました。一方で、Radial とCircumferential strainに関しては、Type IIで上昇が認められました。つまり、Longitudinal strainが低下(i.e. TAPSEの低下)していても、Radial やCircumferential strainが代償的に上昇することで、右室全体の収縮能(RV EF)を維持している症例が存在することが示されました。TAPSEだけでは右心機能の低下を過大評価している可能性が考えられます。
MRIだけでなく、3Dエコーを用いた研究でもRVEFの有用性が報告されており(9)、Interventionを検討するような高度のTRの症例では、TAPSEだけではなくMRIや3Dエコーを用いてRVEFなどのより詳細な右室機能の評価を行い、患者選択を行っていくのが望ましいと考えられます。
【まとめ】
今回は三尖弁カテーテル治療における右心機能の重要性についてまとめました。TRの自然予後および三尖弁外科手術後の予後にTAPSEが関連しており、現時点では高度の右心機能低下を伴うTRの症例には侵襲的治療介入は推奨されていないのが現状です。
低侵襲なカテーテル治療であれば、外科手術よりも周術期合併症の頻度を抑えて治療が行える可能性があります。しかし、カテーテル治療でも右心機能が高度に低下している症例では予後が不良である可能性がわかってきました。
また、MRIを用いた研究ではTAPSEだけだと右心機能低下を過大評価している可能性があり、3DエコーやMRIなどを用いた詳細な右心機能の評価に期待が寄せられています。
また、右心機能が高度に低下しているTRの症例がなぜ予後が悪いのかについても検討が必要です。高度の右心機能低下があると、TRがあってもなくても予後が悪いのかもしれませんし、カテーテル治療を行ってもTRの再発率が高いのかもしれません。
References