ボン大学ハートセンター リサーチフェロー 田中徹
今回は機能性僧帽弁閉鎖不全症(FMR)の一つとしての心房性機能性僧帽弁閉鎖不全症(Atrial FMR)についてまとめます。
【Atrial FMRとは?】
“僧帽弁の弁尖自体に器質的変化がないにも関わらず僧帽弁逆流が生じる病態”を機能性MR (functional MR: FMR)と定義されています。つまり、左室、左房、僧帽弁弁輪、乳頭筋…、といった僧帽弁を取り巻く構造物のどれかに異常が生じることでFMRは生じ得ます。そのため、FMRはかなりheterogenicな病態になってしまっています。
そうした様々な背景から生じうるFMRのうち最も取り上げられているのが、左室収縮能の低下や左室拡大などの左室形態・機能異常に伴うFMRです。2018年にはLVEF<50%の二次性MRにおけるMitraClipでのカテーテル治療の薬物治療に対する優位性が示され、近年、治療方針が大きく変わってきた病態です。
しかし、臨床で見かけるFMRはそのような左室形態・機能異常を背景にもつものばかりではありません。左室はほぼ正常にも関わらず、左心房の高度拡大を伴い高度のMRを呈している症例も目にします。そのようなFMRは、主に僧帽弁弁輪の拡大が原因と考えられ、Ventricular FMRと対比して、Atrial FMRと呼ばれています(1)。
2020年に改訂された日本循環器学会の弁膜症ガイドラインでも”心房性機能性MR”として一つのセクションが設けられ、話題になりました。しかし、一方で欧州や米国のガイドラインでは、”こういった症例もいるよ”と1-2文程度で記載される程度であり、日本と欧米で非常に温度差を感じます。
【Atrial FMRの機序は?】
端的に述べると、左心房や僧帽弁弁輪の拡大から弁尖の接合不全をきたすのがAtrial FMRとなりますが、本当はそこまで単純ではありません。心房細動を契機とし、様々な形態および機能的な変化を介して、Atrial FMRが生じます(2)。図は2019年の鍵山先生のReviewからのものですが、その後も機序に関わる報告が複数発表されており、今後も新しい知見が出てきそうな領域です。
【Atrial FMRの診断は?】
Atrial FMRがどのような症例であるかという疾患概念としては理解しやすいですし、イメージできると思いますが、研究としてどのように分類するかは未だ困難です。というのも、まだAtrial FMRの診断に関してコンセンサスが得られておらず、各研究によって様々な定義を用いていて、足並みが揃っていないのが現状です。日本の弁膜症ガイドラインでも具体的な診断方法については記載されていません。下表にAtrial FMRのprevalenceを評価した様々な観察研究における診断基準が記載されています(2)。”左室駆出率が保たれている (LVEF≧50%)”というのはおおよそどの研究で共通していますが、それに左室容積や左房サイズの基準を加えるかどうかという点で異なってきます。他に、僧帽弁弁輪拡大の基準を設けたりしているものもありました。
正確な病態把握や治療効果の評価のためにも、診断基準のコンセンサスが必要なところです。
【Atrial FMRの予後は?】
Atrial FMRにフォーカスして予後を評価した論文がいくつか報告されてきています。
一つは、2000年から2010年にかけてModerate or Severe MRと診断された症例の単施設での観察研究です(3)。合計727名の患者を下図のように、弁の性状などをもとにAtrial FMR, Ventricular FMR, Organic MRと分類しています。左室収縮能の低下と左室拡大がないFMRをAtrial FMRと定義されています(具体的なエコー指標のカットオフは記載されていません)。フォローアップ期間は平均4.6±3.1年でした。
Atrial FMRとVentricular FMRで患者背景を比較すると、Atrial FMRは高齢で女性が多い傾向にありました。また、予後に関しては、年齢などから想定される生存率と比較して、Ventricular FMR はRR 3.45 (95%CI 2.98-3.99), Atrial FMRはRR 1.88 (95%CI 1.52-2.25)、Organic MR は RR 1.83 (95%CI 1.502.22)という結果でした。Ventricular MRほどではないですが、Atrial FMRもOrganic MRと同程度に生存率へ影響していると考えられます。
また、心不全発症率もAtrial FMRはVentricular FMRほどではないですが、Organic MRよりも高いという結果でした。そのように高い心不全発症率ですが、フォローアップ期間中の僧帽弁手術の施行率はVentricular FMR が4%, Atrial FMR 3%と、Organic MRの37%と比較してもかなり低い結果でした。Ventricular FMRほどではないにしても、Atrial FMRが大きな予後へのインパクトをもち、多くの症例が侵襲的治療を受けずに加療されていることがわかりました。
日本からの報告として、国循のデータベースを用いてAtrial FMRの予後が検討されています(4)。大動脈弁などの他の弁膜症を持たないFMR患者378名を、Ventricular FMRとAtrial FMRに分けて診断後の全死亡+心不全入院の発症率を比較しています。この研究で特筆すべきはAtrial とVentricular の診断の方法で、Atrial FMRはLVEF≧50%の症例もしくはLVEF 40-50%で左房拡大(LA volume index>48ml/m2)がある症例としています。一方で、LVEF≧40%でも左室壁運動障害がある症例はVentricular FMRと分類されています。この分類でも、上記の報告と同様にAtrial FMRは高齢で女性が多く、心房細動や高血圧の合併が多く見られました。
4.0年(中央値)のフォローアップ期間で、Atrial FMRに比べてVentricular FMRはより高い全死亡・心不全の発症率を認めました。全死亡、心血管死亡、心不全入院のそれぞれにおいてもVentricular FMR群の方が予後不良という結果でした。
これらの報告を考慮すると、Atrial FMRはVentricular FMRと全く異なる予後をたどることがわかります。左室機能障害などの心機能の背景が大きく違うので、なかなか両者を比較することは難しいのかなと思います。統計学的にも、定義から相容れない両者の背景の違いを多変量解析などで補正できるかについては疑問です。個人的には、この両者は比較するものではなく、違う病態として別々に捉えた方が良いのかなとも思います。
【AFMRの治療方法は?】
二次性MRですので、心室性MRと同様に本来であれば根本的原因への介入が望ましいと考えられます。その一つとして、心房細動に対するカテーテルアブレーション治療です。心房細動に対するカテーテルアブレーション施行前にModerate 以上のMRが指摘された症例の観察研究です(5)。アブレーション施行後のフォローアップ時点(平均300日後)で洞調律維持できていた症例は再発した症例と比較して、MRが有意に減少していたことが報告され、洞調律化によりAtrial FMRを減らせることを示唆する知見です。しかし、左房サイズもそこまで大きくなく、MRも多くがModerate であったことを考慮すると、心不全の原因となるようなAtrial FMRに対しても同様の効果が得られるのかはわかりません。
高度のAtrial FMRに対する外科手術の治療成績は日本からのものも含めて複数報告されています(6, 7)。米国からの報告では、Ventricular FMRと比較して、外科手術後の生存率はAtrial FMRで良好であったこと、また、再手術も少なかったことが示されています(8)。どちらも8割程度はMV repairを受けています。
外科的弁輪形成術にフォーカスしたAtrial FMRとVentricular FMRの比較でも、同様にVentricular FMR群で術後死亡率とMR再発率が高いという結果でした(9)。外科手術後の治療経過も両者では異なることが示唆され、やはりAtrial FMRとVentricular FMRは比較するものではない印象です。
こういった外科手術に加え、Atrial FMRに対するカテーテル治療の有効性および安全性も検討されています。米国のCedars-Sinai Medical CenterからAtrial FMRにおいてMitraClip治療前後の3Dエコーでの検討が報告されています(10, 11)。MitraClipの治療によってAtrial FMRでも十分なMRの減少が得られる可能性が示唆されています。しかし、高度(+4)のAtrial FMRではMitraClipでは十分に逆流をコントロールできていない、という結果でした。
Atrial FMRに対するMitraClipの治療効果はスペインやドイツから観察研究が学会レベルで報告されていますが、どちらもAtrial FMRに対するMitraClipでの治療は安全にMRをコントロールできているような結果が報告されていました。ただどちらの報告でもVentricular FMRに対するAtrial FMR症例の割合がかなり低かった印象を受けました。
また、MitraClipのRCTであるCOAPT trialのpost-hoc analysisでLVEF毎のMitraClipの治療効果が検討されています(12)。症例は少ないですが、EFが維持されている症例も含まれており、MitraClipの治療効果とLVEFに交互作用が認められなかったため、Atrial FMRに対してもMitraClipで予後の改善が見込めるのかもしれません。
いずれにしても、Atrial FMRに対するカテーテル治療に関するデータが不十分であり、今後の検討が必要です。また、最終的にはAtrial FMRに対するカテーテル治療のRCTで検討しないと、治療のbenefitに関しては言及できないと思います。
【まとめ】
最近注目を集めているAtrial FMRに関して自分なりにまとめてみました。重要な疾患概念であり、日常でも度々目にしますが、診断方法のコンセンサスがまだ定まっていません。自然予後や外科手術後の予後が大きく異なっているところをみると、例えばHFpEFとHFrEFのように、Ventricular FMRとAtrial FMRは別の病態として捉える必要があると思います。そして、それぞれに対する治療方針を検討していくことが望ましいのだろうと考えます。
Atrial FMRはVentricular FMR以上に高齢の患者が多く、カテーテルなどの低侵襲な手技での治療が向いているかもしれません。しかし、未だ十分なデータがありません。また、Ventricular FMRとAtrial FMRとで僧帽弁の形態も異なるので、Edge-to-edge 治療はもちろんのこと、弁輪形成デバイスなどの他のデバイスの安全性・有効性の検討も必要と感じます。
Reference