背景:頸動脈ステント留置術 (Carotid Artery Stenting : CAS)は,頸動脈狭窄症に対するインターベンション治療である.これまで頸動脈内膜剥離術,Carotid Endarterectomy (CEA)がゴールデンスタンダードとされてきた.CEAは,症候性患者および無症候性患者の両者に関して,薬物治療と比較して脳梗塞発症率を有意に低下させることが示されている(NASCET, ACAS).2004年,NEJMでSAPPHIRE trialの結果が発表された.これはCEAハイリスク群を対象として,CASのCEAに対する非劣性を示したものである.このSAPPHIRE trialの結果を受けて,2008年4月に日本でもCASが正式に認可され,CEAの代替療法としてCASがより注目されるようになった.また2010年にはCREST trialにおいて,CEAノーマルリスク群を対象として同様にCASの非劣性が示されており,今後の症例数増加も予想される.しかしながら,CASとCEAを比較したこれまでの様々なトライアルでは,有意差がついていないトライアルもあるものの,脳卒中(stroke)および一過性脳虚血発作( transient ischemic attack :TIA)といった塞栓性合併症が,CAS施行群で多い傾向にあることが問題視されている.CAS手技中に生じる塞栓性合併症の原因としては,ガイドワイヤーやデバイスが狭窄病変部を通過する時およびステント留置やバルーン拡張時に,プラークが破綻して生じたdebrisが頭蓋内に流出することにより生じると考えられる.これに対しては,病変の遠位部に留置するフィルタータイプの塞栓予防デバイス(distal protection)の改良によりその発症率を軽減する努力が行われている.また不安定プラークや血栓の存在が疑われる病変に対しては,病変の近位部をバルーンでオクリュージョンさせ,順行性血流を遮断する方法(proximal protection)も併用し,遠位塞栓を予防することも出来るようになってきた.一方で,最近ではCAS手技中ではなく,手技終了後しばらくしてから生じる塞栓性合併症の問題も指摘され始めている.“Delayed stroke / TIA”と呼ばれることもあり,その原因はまだ明らかには断定されていないが,そのメカニズムとして,ステント留置部に生じた血栓やステントの網目からはみ出してきたプラーク(plaque protrusion)が遠位塞栓を引き起こし,遅発性の脳梗塞やTIAが生じているとも考えられている.従って,上記のようなプロテクション方法の工夫ではこれらの遅発性合併症を防ぐことは難しい.
1.頸動脈ステント留置術施行後の血栓やプラークプロトリュージョンについて (文献1)
この観察研究では,CAS施行後にCTアンギオや頸動脈エコー検査を用いてステント内血栓やプラークプロトリュージョンの頻度について調査し,そのリスクファクターを検討している.この論文で注目に値する点は,これまでもCAS手技中(ステント留置直後)にプラークプロトリュージョンを認めた症例の報告は少なからずあるが,CAS施行後しばらくしてから生じているプロトリュージョンを評価している点である.その結果CASを施行した全32症例のうち8例に,CAS施行後,CTアンギオおよびエコー検査においてプラークプロトリュージョンが認められている.検討によると,プロトリュージョンを認めた患者群では症候性病変およびプラークの潰瘍形成が有意に多く認められている(写真1).プロトリュージョンを認めた8症例に対しては,抗凝固療法や抗血小板薬の追加投与などが行われているが、興味深いことに,そのほとんどの症例で血栓およびプロトリュージョンプラークの退縮を認めている(写真2).薬物療法によっても退縮しなかった症例に対してのみ,追加のステント治療が施行されている.この症例においては,再治療時にIVUSが施行されており,あきらかなプロトリュージョンを確認することが出来る(写真3).すべての症例においてステント留置直後にIVUSが施行されているので,プロトリュージョンはステント留置後,数時間から数日で生じていると解釈できる.CAS後プロトリュージョンを認めた8症例のいずれも遅発性の脳梗塞や一過性脳虚血発作は認めていないため,このステント内血栓やプラークプロトリュージョンが遅発性合併症の原因と断定することは出来ないが,その関連は強く予想される.