1 施設規模 (症例数や特徴など)
私の所属しているOspedale Civile Miranoは,その名の通りMirano市の中心にある.Mirano市は,正式には,イタリア共和国ヴェネト州ヴェネチア県にある基礎自治体(コムーネ)であり,人口約2万6千人という小さな市である.ヴェネチア本島の北西20km程のところに位置している.近隣にある大きい都市としては,西にロミオとジュリエットで有名なヴェローナ,東にヴェネチア本島の玄関口であるメストレ,南に大学の街としてしられるパドヴァなどがある.イタリアでは大都市をのぞくと,ほとんどが公立病院とのことである.行政区域により,番号がついていて,『ULSS (Unita Locale Socio Sanitaria)13』などの表記になっている.ちなみに,この『13』が私の所属している行政区域の番号である.この行政区域には,『Mirano』の他に,『Dolo』『Noale』という市が含まれており,それぞれに病院がある.
当院は,一般的な総合病院であり,あらゆる科が設けられている.見学に訪れた時,印象的であったのは,土地に余裕が有るためか,ほとんどの科が独立した建物になっていたことである.しかも,それぞれが高層建築ではなく,その多くが3階建て程度である.連絡通路なども無いため,別の科に移動するためには,一度外に出る必要がある.入国当初に健康診断受診を指示されたのだが,検査科・内科・眼科・皮膚科などすべて回るのに,広大な敷地を歩きまわって受診する必要があり,とても疲れた記憶がある.
当科で行っている主な治療は,冠動脈ステント留置術(PCI),下肢動脈を中心とした末梢血管に対するEVT,頸動脈ステント留置術(CAS),腹部大動脈瘤に対するステント治療(EVER),経皮的大動脈弁留置術(TAVI),左心耳閉鎖術(LAA closure),卵円孔閉鎖術(PFO closure)などである.それぞれの年間症例数は,PCI:1000件,EVT:500件,CAS:150件,EVER:50件,TAVI:40件,LAA closure:30件,PFO closure:30件程度である.特徴の一つとしては,緊急カテーテル症例が非常に多いことである.ほぼ毎日,数件の緊急カテーテル症例がある.上記したように近隣に病院があるが,緊急対応体制があまり整っていないようで,他院から多くの患者さんが送られてくる.また,さまざまなカテーテル治療に対応しているため,待機的な患者さんの紹介も多い.当初は,この小さな市にある病院でなぜこれほどの症例数があるのか不思議であったが,かなり遠方からも紹介患者さんがあるようだ.
各症例の特徴としては,まず,冠動脈バイパス術(CABG)に回す症例が予想以上に多かった.左主幹部(LMT)を含む病変や糖尿病合併の多枝病変症例では,手術リスクがそれほど高くない患者の多くは,CABGが施行されていた.TAVIに関しても同様の傾向があり,よほど高リスクではない限り,外科手術に回っている.また,高リスク患者に対しても,バルーン形成術が施行される事もある(重症度や予後および経済的問題もあると思われる).また,TAVIとEVAR施行時の大腿動脈穿刺については,外科的なカットダウンは行わず,常に経皮的に行なっている.PFO/LAA closureとも共通するが,全身麻酔を行うことは無く,基本的に局所麻酔で施行している.CASについては,症候性頸動脈狭窄および無症候性頸動脈狭窄の両者を対象としており,時に急性期症例に対しても治療を行うことがある.症候性患者に対しては,近位保護法(proximal proteciton)を積極的に行なっている.不安定プラークに対しては,メッシュ型ステントも使用している.また,非常に稀ではあるが,急性期脳梗塞に対して頭蓋内インターベンションを施行することもある.EVTについては,手技的には国内とあまり大きな違いはなく,distal punctureやランデブーテクニックなども用いている.特徴としては,豊富なデバルキングデバイスとDCB(Drug Coating Balloon)を積極的に用いている.従来型のステントが留置しづらい病変や浅大腿動脈の長区間閉塞病変などに用いられている.一方で,VIABAHNやSUPERAなど新世代のステントも多く使用している.PCIおよびEVTに関しては,日本国内での症例と比較して,デバイスの違いを鮮明に感じる.CEマーク取得時期の関係もあると思われるが,新しいデバイスが豊富に使用できる.しかしながら,ガイドワイヤーやマイクロカテーテルなどについては,選択肢があまり多くなく,製品の品質もあまり良いものではないと感じた.日本製のものも準備はしてあるようだが,経済的な問題か納入頻度の問題か,ここ一番というような症例以外ではあまり登場しない.ただ,上司や同僚の,日本製ガイドワイヤーやマイクロカテーテル対する信頼は非常に厚い.困難な症例が日本製のデバイスで治療成功すると,日本人である私に『ありがとう,日本』と声をかけてくれる.日本人で良かったと思うと同時に,日本人代表として見られているとプレッシャーを感じる瞬間である.
Interventional cardiology部門の医師はスッタフが5人,私を含めてフェローが3人いる.カテーテル室は全部で3室あるが,ひとつはアブレーション治療専用室となっており,基本的に2室でインターベンション治療を行なっている.1日の平均カテ件数は15件ほどだが,20件を超えることもある.コメディカルの体制は,看護師が10名程度,放射線技師が2名専属となっている.一つの症例に対して,医師1人,看護師2人(場合によっては,1人は放射線技師)で担当する.診断造影だけの場合には医師1人で全ての手技を行なっているが,カテーテル治療となった場合には,看護師が助手として手洗いして治療に参加する.カテーテル治療に関して非常に教育されており,日本で考えると後期研修医以上の知識と経験を有していて,的確に医師の補佐を行なっている.時には治療方針についてもコメントを行う.コメディカルスタッフは2交代制となっており,7:00~14:00,12:00~19:00という勤務時間である.非常に興味深かったのは,19:00を過ぎると予定していた症例を,いとも簡単に翌日に変更してしまうことだった.日本では予定したカテーテルは遅い時間になってもその日のうちに行うことがほとんどであり,このあたりは,なんともイタリアらしいなと感じた.
他に,当院の特徴として挙げられるものに,『TOBI』がある.『TOBI』とは,以前のレポートでも紹介した,当院が主催しているライブデモンストレーションである.『Total Occlusion and Bifurcation Interventions』というのが正式名称で,毎年秋にメストレのホテルを会場として開催されている.左主幹部および分岐部病変に焦点を当てた研究会である.ロシア・トルコ・エジプト・イタリアの4施設からライブ中継を行なっている.日本からもゲストオペレータとして落合医師・山根医師が招聘されており,当院のカテーテル室でCTO症例を施行する.当院の同僚達は毎年心待ちにしている.今年は,記念すべき第10回目となっており,10月1日,2日に開催予定である(https://www.tobionline.org).