私の所属するJohns Hopkins University (JHU)はアメリカ東海岸Maryland州の最大都市Baltimoreにあります。”O, Say, can you see, …♪”で始まるアメリカ国歌は、1814年米英戦争でボルチモアが英国帝国海軍から受けた攻撃を凌いだ朝に書かれたそうです。1800年代それほど重要な拠点とされたボルチモアは、都市の老朽化とともに、中心地の空洞化とスラム街化が進み、治安が悪化、現在では、全米でセントルイス、デトロイトに続き、3番目に治安の悪い都市(Violent Crime per 100,000 person)としてランクインするほど犯罪の多い都市と報告されています(1)。JHUはそんなスラム化した街で教育と医療を提供することを目的に、米国で初めて博士号を授与する研究大学院大学として設立されました(2)。全米最古かつ最大の公衆衛生大学院の一つとして知られるJohns Hopkins Bloomberg School of Public Health (3)は、80を超える国から2,000人以上の学生が集っており、US Newsのランキングでは、公衆衛生大学院の格付けが開始されてから一度も陥落することなく全米1位を保っています(4)。私は、その中の予防医学、疫学、臨床研究を主とするウェルチセンターに所属しております。当施設は、心血管疾患を始めとして、腎疾患、腫瘍、糖尿病・肥満症、環境疫学、遺伝子細胞学、健康・行動科学など様々な分野のスペシャリストが在籍し、米国内外の様々なプロジェクト(Atherosclerosis Risk in Communities (ARIC) StudyやMulti-Ethnic Study of Atherosclerosis (MESA)など)に参加しています。毎週開催されるWelch Center Research Seminar Journal ClubやWelch Center Research-in-Progress Seminarを通して、様々な知識を共有することができます。
チームメンバー
私の上司の松下邦洋先生は、日本で循環器内科を専攻してPhDを取得されたのち、ポスドクとして渡米後、11年間ほどJHUにおられ、現在疫学講座の准教授をされています。 心血管疾患に限らず様々なプロジェクトにかかわる一方、週一回チームミーティングを開き、チームメンバーの研究状況を把握し、必要に応じて個人ミーティングを開いてくださります。研究指導は渡米前に思っていた以上に非常に懇切丁寧です。メンバーの臨床疑問に対する考察が深く、回答は繊細で迅速だと感じています。 チームメンバーは10-15人ほどで、出身もアメリカ、カナダ、中国、韓国、インド、ケニア、バングラディシュ、そして日本と様々です。メンバーのキャリアも多様で、
・米国外でMDを取得後、Master of Public Health (MPH) を米国で取得したポスドク
・米国外で非MD領域のPhDを取得したポスドク
・米国外で学部を卒業し、Master of Health Science(MHS)を米国で取得したdata analyst
・米国で学部を卒業後、Master of Health Science課程に進学した学生
・米国で学部、修士課程を修了し、Public Health のPhD課程に在籍する学生
・米国でMD取得後、臨床を行いながらMPHやMHSに通う医師
などです。自分の弱い分野について、知識の深いdata analystや学生に相談することも可能です。
チームミーティングは、例えば今の私であれば、研究計画書の進捗状況をメンバーに発表し、本研究の目的や新規性、先行研究、ARICからの類似の研究などをプレゼンします。加えて、今回設定した研究対象で自分の臨床疑問が解決できるか、また設定した解析方法は正しいか、など、一般的に論文を作成していく上で必要な内容を丁寧に追究していきます。他メンバーのプレゼンについても、メンバーの背景や研究の進捗状況に応じて様々な種類のプレゼンがあり、疫学初学者の自分にとっては非常に興味深いです。たくさんの学生を抱えているチームでもあり、渡米前、各個人への指導がどの程度あるか、そして疫学の背景のない自分がチームについていけるのかが不安でしたが、このように、毎週のチームミーティングや上司との個人面談などで大きな問題を解決し、小さな問題は職場の同室のdata analystやMHSの学生と共有して解決しています。
ミーティング後、近くのレストランで
ラボとのコラボレーションは無限にあると思います。JHUはARICの一参画施設であるため、ARIC studyを使用する他施設とのコラボレーションは多いです。また、臨床疑問に応じ別のコホート研究を用いて研究を行うこともあります。
現在チームメンバーが使用しているコホートは、
・ARIC
・MESA
・Chronic Renal Insufficiency Cohort (CRIC) Study
・National Health and Nutrition Examination Survey (NHANES)
・Study of Latino (SOL)
などです。各施設が様々なプロジェクトでつながっており、自分の臨床疑問に適した米国のデータベースを使用できるところが大きな強みであると思います。
朝9時から17時が定時です。生物を扱う研究室ではないため、研究員の出勤は比較的規則的かつ融通がきくと思います。私の住む地域から、ホプキンスの職員用無料シャトルが朝6時30分から夕18時30分まで1時間おきに巡回しています。 月曜日、火曜日、金曜日は循環器疫学に関した勉強会が開催され、水曜日は代謝、肥満に関する勉強会と疫学の勉強会、木曜日はチームミーティングがあります。また、状況に応じてコホート研究の方法論や解析手法など、疫学講座の単位の取得や興味のある分野の聴講が可能です。
JHU Bloomberg School of Public Health, Graduate Summer Institute of Epidemiology and Biostatistics, 2019 Seminar Series
基本的に土日に出勤することはありません。残務は家でやっています。研究室には学生も多く、週末の過ごし方は様々です。他のメンバーも土日に全く仕事をしていないということはないと思いますが、休暇や家族との時間はかなり大切にされています。
観光は、ボルチモア市内のInner Harbor が有名です。1965年より再開発が行われているこの地区はショッピングセンター、水族館、美術館や高層ホテルが立ち並び、比較的安全な地域です。週末には子供連れの家族や、ランニング、サイクリングをしている人々を見かけます。
Inner Harbor
市内のファーマーズマーケットや、車で30分ほどの場所に広がる農園での定期的な果物狩りのイベントに参加する家族も多いです。
ボルチモア市 朝のファーマーズマーケット
ワシントンDCやフィラデルフィアまで1時間強、ニューヨークまで3時間程度で行くことができ、また日本と同じようなアウトレットモールが車で1時間圏内に数か所あり、週末に近距離の旅行を楽しむこともできます。全米で30番目60万人の人口のあるボルチモア市ですが(5)、人口以上にとても広大な土地があり自然に囲まれ、人がごったがえすということが無い印象です。治安についても危険地域に近づかないこと、通り一つ間違えないことを肝に銘じておけば、家族連れでも大きな問題は無いように感じています。
独立記念日を祝う野外コンサート アメリカ国歌を聞く人々
1. List of United States cities by crime rate. Wikipedia. Last edited on 16 May 2019, at 21:53 (UTC). https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_United_States_cities_by_crime_rate
2. Richard C. Atkinson. Research Universities: Core of the US science and technology system. Technology in Society. 30. 2008. PP..30-48
3. Lyla Hernandez. Who Will Keep the Public Healthy: Educating Public Health Professionals for the 21st Century. Washington (DC): National Academies Press (US); 2003.
4. Best Grad School. U.S. news. https://www.usnews.com/best-graduate-schools/johns-hopkins-university-162928/overall-rankings
5. United States Census Bureau. Annual Estimates of the Resident Population。2018Population Estimates. https://factfinder.census.gov/faces/tableservices/jsf/pages/productview.xhtml?src=bkmk