私のウリはこの留学期間中に高めたであろう専門性です。特に、疫学・統計学を軸に、公衆衛生学を系統的に学び、日本での循環器診療の知識を背景に、米国既存のあるデータで実践してきたことは強みだと思います。しかしながら、それだけでは一つの臨床研究を完遂するには不十分だと感じています。米国でも、日本でも臨床現場で沸いた臨床疑問を、臨床研究に昇華して研究を完遂することの重要性はもう何年も前から強調されていると思いますが、そう簡単なことではありません。
私が現在所属するホプキンスであっても、以前所属した国立循環器病センターであっても、質のよいデータと指導者に恵まれることは、研究を完遂することのとても重要な要素だと思います。良い施設にいたから簡単にできたことが、自分の所属の施設に戻ると途端に難しくなったことが数えきれないほどありました。少なくとも、今後私が向かう場所は、後者の要素が大きく、一つの研究を達成するためにたくさんの困難があるだろうと予想されます。留学間に私が学ぶべきことは、このような困難にであった場合に、可能な限り、自分たちがそれを克服できる知識と技能を持ちかえることですが、おそらく数年間の臨床研究経験や修士課程の履修だけでそれを補えるとも思いません。少なくとも帰国後は、臨床研究の立ち上げと完遂のため、臨床研究を行うチームが必要だと感じます。医師だけでなく、生物統計家や電子カルテ、健康診断データを紐づけするための知識を備える人。さらにデータを集めたり予算を割いたりするためには、今行おうとしている臨床研究の重要性を組織に理解してもらう必要があると思います。それを目的として留学に来たわけですから、臨床医が臨床研究をするために必要な知識技術を習得するための非常に基礎的な部分を共有することで、今情熱を持つ若手医師やその他医療従事者と協力して重要性を主張したいと思います。メンバーの収集の過程で私の臨床研究の経験、留学の経験、そして疫学統計学の知識が役に立てばよいと思います。
帰国後、後輩教育は私の一つの目標でもあります。教育をする過程で同じように熱意を持つ人が集まる可能性は高まると思いますし、大きな目標を達成するための良いリクルート活動だと思います。米国では、公衆衛生修士課程(MPH)を取得するのに年間500万円から1,000万円の学費がかかります。毎年それほどの学費に価値を見出している海外からの学生はホプキンスのMPHだけでも100人を越えます。日本の同様の施設も増えてきているようですが、教育、勉強の機会が増えることは素晴らしいことだと思います。
渡米前にある上司が、公衆衛生学びに行くのって、上下水道整えたりするのを学ぶってことだよね、と好意的に話しかけてくれました。公衆衛生といっても非常に様々で、ホプキンスでは自分の選択カリキュラムと別に、疫学、統計学、生物学(免疫、感染症、ワクチン接種など)、環境疫学、社会政策、社会行動・行動経済学含め10個以上が必修となっています。例えば、今話題のAIや機械学習は米国スタンフォード大学がオンラインで講義を受講できることが有名ですが、ホプキンスも同様に基礎的な疫学統計学をオンラインのCourseraなどで受講することが可能です。私の場合、臨床研究を始めた医師5年目は、知らないことが多く、研究を進めるのがとても大変でした。施設や上司に恵まれ、研究を完遂することができましたが、施設変われば、大変さが増すのは前述の通りでした。統計を学びにも、疫学を学ぶにも、機械学習を学ぶにも、プログラミングを学ぶにも、必ず系統立てて学ぶことは必要になると思います。そこで、私は、臨床研究を始める前にMPHを履修することは、系統立てて広く浅い知識を獲得し、スタート地点に立つという意味で有効だと思っています。東京大学の前期教養課程の意義と近いかもしれません。私は帰国後、自組織の中で自分が学んだ、疫学、統計学の基礎的な部分を教育し、臨床研究の重要性を認識してもらい、研究手法を学ぶ上でMPHの履修が研究のスタート地点に立つための、一つの選択肢として周知していく傍ら、同じように留学を志し、社会政策、行動経済学やワクチン接種など別の項目を米国で学びたいという人にも情報を提供したいと思っています。
帰国後循環器内科の臨床診療に戻る可能性が高いと思います。留学中は、循環器全般の診療から離れており、循環器の最先端医療や侵襲的治療だけでなく、心不全や非侵襲的検査など自分が専門と考えていた分野からも離れており、不安は大きいです。自分の技術をアップデートすることを目標に診療に戻りたいと思います。特に、非侵襲的分野である心臓CTや心臓超音波検査などは、データの収集や解析の面で、ビッグデータ解析→論文発表という今の流れと親和性は高いようにも思います。今解析しているデータも健常者の石灰化データが、大血管、弁などで、どのように異なって分布しているかというテーマで行っており、引き続き、非侵襲的検査をどのように侵襲的検査・治療への架け橋とするかを考えていきたいと思います。ISCHEMIA trialの結果がAHA2019で発表され、より一層、非侵襲的検査がリスクを層別化することの重要性が増すのではないかと個人的にはワクワクしています。
私が留学を志したのも、英語プレゼンテーションの重要性や難しさに気が付いたのも、SUNRISEがきっかけの一つになっています。本年度のSUNRISE YIA受賞者で偶然にも同施設を希望されている江尻健太郎先生とホプキンス大学で会うことができました。ますます多くのの若手循環器医留学の登竜門となることを希望しています。
臨床研究を行う上で、施設の(もしくはデータの)重要性と指導者の重要性を痛感しています。また、個人的には、留学先も含め、大変恵まれた環境で研究できていると思っています。しかしながら前述のように施設が変われば、研究の難易度が大きく変わるようにも個人的に感じており、SUNRISEはそのような個人にも助けを差し伸べてくれる組織であることをとてもありがたく思っています。私は、データの収集については、自分で立ち上げるしかないと認識しています。が、データが集められるようになった後には、多施設での研究という、皆さんと同じ土俵に立つことができるかもしれません。その際にはぜひご協力をお願いしたいです。また、もっと間近に、データを収集する、コホートを立ち上げる段階で困難にぶつかる際にも相談させていただきたいと思います。
サンライズレポートも今回で9回目、残り1回となりました。
渡米後すぐにレポートが始まりましたが、渡米時には、臨床について相談されることが無くなり、研究の解析手法にしろ、言語にしろ、とにかく教えを乞うことが増え、日本にいた時と比べるとお願いする立場になることが多くなり、サンライズでレポートを書いて言葉を発信できることのありがたさを感じました。
アップロードの前に非医師に確認し、とにかくわかりやすく伝えることを念頭に置いて発信させていただきました。どのような読み手がどのような感想を持たれているかが気になるところでしたが、先日ラボに見学&面談に来られた先生が、私のサンライズのレポートでラボの詳細が分かってラボに応募する気持ちを一層強くしたと伺い、こちらとしてもとてもありがたい気持ちになりました。このような機会を与えていただきました皆様に心から感謝申し上げます。
残り、最後の一回となりますが、また来月よろしくお願いいたします。