メタボリックシンドロームの患者さんに外来で生活習慣是正のアドバイスをされるとき、どのようなエビデンスを、どのように説明されていますか?
私は、吹田スコアを用いて10年後の冠動脈疾患発症リスクを説明することが、具体的で分かりやすく、生活改善のモチベーションにつながると信じてやっておりましたが、非常に複雑です。個人的には、外来で計算するには時間がとられ、アプリを使ってもあまり時間が短縮されなかったように感じていました。さらに、患者さんが“冠動脈発症リスク”という概念をどれほど身近に感じていたか。また、若年患者ほど強く生活習慣改善を促したいのに、若年で年齢の点数が低く併存症が少ない患者に対して、吹田スコアを用いて説明することが、果たして生活習慣改善のモチベーションにつながるか、などの疑問点もあり、より具体的に患者さんに伝えることができ、若い患者の生活習慣是正のモチベーションにつながるような手段はないかと思っていました。
米国で医師がどのように生活習慣指導を行っているか興味があるところですが、American Heart Association (AHA) の提唱するLife’s Simple 7が用いられることが多くあるようです。Life’s Simple 7は、AHAが生活習慣の是正により改善することができるとする、7つの動脈硬化危険因子について、理想的な健康習慣を定め、推奨するものです(https://www.heart.org/en/professional/workplace-health/lifes-simple-7)。それは、血圧をコントロールする、コレステロール値をコントロールする、高血糖を避ける、運動する、健康的な食事をする、体重を減らす、そして禁煙をする、です。リンクのサイトでは患者さん向けに、より詳細にコントロールするための方法が記載され、また患者自身で今の自分の動脈硬化疾患発症リスクをスコアリングすることができます。さらにLife’s Simple 7を遵守することは、冠動脈疾患の予後に良いだけでなく、下肢動脈疾患の低い発症リスクと関連することも示されています[1]。さらに老年期に心筋梗塞となった場合に、中年期にLife’s Simple 7を遵守していた群としていなかった群で心筋梗塞発症後の生命予後に有意差があることも報告されており(adjusted hazard ratios of composite outcome, 0.57 [95% confidence interval, 0.39-0.84] if Life’s Simple 7 score is ≥10 vs score < 3) [2]、1次予防に加えて2次予防にも効果があることが示唆されました。医療従事者として、患者の動脈硬化疾患発生リスクを説明する上で、日本の吹田スコアも、アメリカのLife’s Simple 7も、非常にインパクトがあります。吹田スコアは冠動脈疾患の10年発症リスクを示すために用いられ、Life’s Simple 7は、動脈硬化リスクの高い患者がリスク改善のために具体的に何が必要かを示しています。
これほどの心血管疾患の予後増悪因子や予後を改善する生活習慣がはっきりとしている昨今ですが、どれほど守られているのでしょうか。アメリカの市民と軍人の理想的健康習慣の遵守率を比較した面白い論文があります。この報告では、心血管疾患の発症を予防する上で理想的と考えられる健康状態を、喫煙率、BMI、血圧そして糖尿病の有無の4項目で評価し、26万人の現役の米国軍人と50万人の米国市民を比較しています。結果、喫煙率は両群ともに20%程度、BMI>30 kg/m2の割合は全体で比較すると現役軍人20%に対して米国市民35%という割合ですが、49歳以降に限りBMI>30 kg/m2の割合を比較するとむしろ現役軍人が2倍ほど多く、さらに理想血圧(<120/<80 mmHg)の割合は、米国市民で55%に対し、現役軍人では30%に過ぎず、健康に関する入隊基準があり、健康の維持が職務に重要であるとされる軍人にとって予想を超える結果であったと考えられます[3]。
医療従事者がリスクを説明し患者がその場で理解するだけでは、患者の行動変容は難しいかもしれませんし、より患者の行動変容につながる何かが必要であるかもしれません。そこで、私は、Life’s Simple 7の中で、最も昨今のトピックスに近い分野であると思われる身体活動とその評価方法から一つの論文をご紹介したいと思います。
身体活動時間やSedentary time (座位活動時間: 非睡眠時、1.5METs以下の活動時間)が中高年の患者の予後に強く関連することは広く知られていますが[4-6]、これまでの多くの身体活動は問診票などによる自己申告制でした。ウェアラブルデバイスが使用されるようになり、運動量についても新たに様々な研究がなされています。そこで、Ekelundらは、518の論文から最終的に8個の研究を選出し、システマティックレビューにより、36,383人の40歳以上の成人の身体活動量、身体活動時間、および座位活動時間と全死亡との関連を解析しました。総身体活動量を見ると、最も活動的な群は最も低活動な群と比較し、総死亡に関するリスクを66%下げ([hazard ratio 0.34, 95% confidence interval 0.27 to 0.43] adjusted for age, sex, socioeconomic status, wear time, BMI)、活動時間、活動の質に関わらず、いかなる身体活動も全死亡のリスクを下げることを示しました。さらに座位活動時間もこれまでの研究同様最も座位活動時間が長い群は、短い群と比較し著明に全死亡のリスクを挙げることを示しました([hazard ratio, 2.63 confidence interval, 1.94 to 3.56] after adjustment for age, sex, BMI, socioeconomic status, wear time, and time spent in moderate-to-vigorous intensity physical activity) (図)[7]。
図1. 総身体活動量(カウント/分)と全死亡の相関関係 (文献7より引用)
図2. 座位活動時間と全死亡の相関関係 (文献7より引用)
これらの研究に用いられているウェアラブルデバイスは、様々な研究で身体活動を計測する上で有用なことが示されています[8-11]。
さらに、スマートフォンが身体活動の評価に有用であるとする報告や[12]、体重過多の成人に対してウェアラブルデバイスを使用し、競争などのゲーム的要素を用いた介入を行うことで、24週間後コントロール群と比較し1日の歩数を有意に増加させたとする報告もあります[13]。余談ですが私の時計は、一定期間座って仕事をしていると、Move!!というアラートが鳴ります。さらには、Twitter のつぶやきで見られる精神性や性格が心血管死亡を予測するかとする研究まで報告されています[14]。もちろん議論のあるところで、単純に結論付けることはできないと思いますが、スマホが当たり前となり、ソーシャルメディアやウェアラブルデバイスの使用がますます増えていく現代には、動機付け、行動変容を目的としたウェアラブルデバイスの使用や研究がさらに活発になるかもしれません。近い将来に、このようなデバイスやアプリが患者のアドヒアランスを向上する助けとなるとよいなと思います。
まとめに、Life’s Simple 7に戻ります。
ウェアラブルデバイスやソーシャルメディアの話は、今回の論文紹介をする上で選んだ一つのトピックでしかありませんが、今私が学んでいる領域は、個人の現在の健康状態が、将来の疾患発症にどのように寄与するかを探索し、その結論を根拠に治療介入を行うということを一つの目的としています。私が公衆衛生を米国で学びたいと考えたもともとの動機は、Framingham Heart Studyから50歳時のリスク因子が心血管疾患に与える影響を発表した研究を読んで[15]、大規模住民研究が成功する下地を学びたいと考えたことでした。何の疾患であれLifetime riskを、日本の私が所属する固有の集団で予測できることは、その固有のデータを基に生活習慣介入、治療介入ができることを意味し、効果的で説得力を持ちます。さらにそのようなコホートが様々な集団から発表され、より一般化した結論を得ることができれば、インパクトはより高いものになるかと思います[16]。しかしながら、外来での指導や、患者の行動変容はリスクを探索すれば終わり、というほどシンプルではないようです。発信したエビデンスを遵守できているかをより具体的に評価し、患者の行動変容を促す新たなプログラムを生む/改善していくことが重要であると感じました。多様化、複雑化した生活により生じた問題をシンプルに解決することに価値が置かれ、最新の知見が注がれていることにとても興味が沸きます。”Life is really simple, but we insist on making it complicated.” (孔子;検索したらいい言葉がありました。)
今後もサンライズ関係者の方々で同じようなモチベーションがある方や、領域に詳しい方からご指導いただけるとありがたく思います。
1. Garg PK, et al. Am J Prev Med. 2018 Nov;55(5):642-649. Life’s Simple 7 and Peripheral Artery Disease Risk: The Atherosclerosis Risk in Communities Study.
2. Mok Y, Matsushita K, et al. American Heart Association’s Life’s Simple 7 at Middle Age and Prognosis After Myocardial Infarction in Later Life. J Am Heart Assoc. 2018 Feb 17;7(4)
3. Alice Shrestha, et al. Comparison of Cardiovascular Health Between US Army and Civilians. J Am Heart Assoc. 2019 Jun 18;8(12)
4. Biswas A, Oh PI, Faulkner GE, et al. Sedentary time and its association with risk for disease incidence, mortality, and hospitalization in adults: a systematic review and meta-analysis. Ann Intern Med2015;162:123-32.
5. Patterson R, McNamara E, Tainio M, et al. Sedentary behaviour and risk of all-cause, cardiovascular and cancer mortality, and incident type 2 diabetes: a systematic review and dose response meta-analysis. Eur J Epidemiol2018;33:811-29.
6. Lee IM, Shiroma EJ, Lobelo F, Puska P, Blair SN, Katzmarzyk PT, Lancet Physical Activity Series Working Group. Effect of physical inactivity on major non-communicable diseases worldwide: an analysis of burden of disease and life expectancy. Lancet2012;380:219-29.
7. Ekelund U. Dose-response associations between accelerometry measured physical activity and sedentary time and all cause mortality: systematic review and harmonised meta-analysis.BMJ. 2019 Aug 21.
8. Troiano RP, et al. Physical activity in the United States measured by accelerometer. Med Sci Sports Exerc. 2008;40(1):181-188.
9. Schrack JA, et al. Using heart rate and accelerometry to define quantity and intensity of physical activity in older adults. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2018;73(5):668-675.
10. LaMonte MJ, et al. Accelerometer-measured physical activity and mortality in women aged 63 to 99. J Am Geriatr Soc. 2018;66(5):886-894.
11. Berkemeyer K, et al. The descriptive epidemiology of accelerometer-measured physical activity in older adults. Int J Behav Nutr Phys Act. 2016;13(1):2.
12. Case MA, Burwick HA, Volpp KG, Patel MS. Accuracy of smartphone applications and wearable devices for tracking physical activity data. JAMA. 2015;313(6):625–626.
13.Patel MS, et al. Effectiveness of Behaviorally Designed Gamification Interventions With Social Incentives for Increasing Physical Activity Among Overweight and Obese Adults Across the United States: The STEP UP Randomized Clinical Trial. JAMA Intern Med. 2019 Sep 9:1-9.
14. Eichstaedt JC, et al. Psychological language on Twitter predicts county-level heart disease mortality. Psychol Sci. 2015 Feb;26(2):159-69..
15. Donald M. Lloyd-Jones, et al. Prediction of Lifetime Risk for Cardiovascular Disease by Risk Factor Burden at 50 Years of Age. Circulation. 2006 Feb 14;113(6):791-8.
16. Berry JD, Donald M. Lloyd-Jones, et al. Lifetime risks of cardiovascular disease. N Engl J Med. 2012 Jan 26;366(4):321-9