1. サンフランシスコの現状
サンフランシスコは6月1日より段階的に経済活動再開となり、街の車や人が一気に増えました。未だ多くの制約はあるものの、街は少しずつ本来の姿を取り戻そうとしつつあります。私自身もようやくラボに通うことが出来るようになり、ラボでも動物実験再開が遅れている以外はほぼ通常運行に戻り始めました。スーパーへの家族での入店や屋外の観光が許可されたり(写真 1)、留学中の他のご家族と交流が始まったり、3ヶ月遅れて留学生活のスタートラインに立てた気がしています。
2. 留学先施設の特徴
私が所属するラボについて紹介したいと思います。私は、現在University of California, San Francisco (UCSF) のCardiac Electrophysiology(EP)部門にリサーチフェローとして在籍しています。ここUCSFのEPラボは、Cardiogloy部門からは独立しており、不整脈関連の治療や研究に特化しています。主任教授であるEdward Gerstenfeld先生を筆頭に、心室頻拍(VT)、上室性頻拍(SVT)、遺伝子、デバイス、大規模臨床研究、それぞれの分野を専門とする教授が在籍しています。また、後術する名誉教授のMelvin Scheinman先生が80歳近いご年齢ですが、多岐に渡りご活躍されています。
不整脈治療の症例数は、アブレーション治療で年間約600-700件と、日本やアメリカのhigh volume施設に比べると決して大きいラボではありません。ですが、AF症例が少なく、VTやSVT症例が多いことは、日本のhigh volume施設とは少し異なるかもしれません。大き過ぎないラボのメリットとして、スタッフ間やスタッフとフェローとの距離はとても近く、ラボに所属する全員がいつでも垣根なく会話をしているように感じます。
私が感じたラボの大きな特徴として、フェローの教育システムが整っていることが挙げられます。不整脈治療を行う際にも基本的には、フェローとスタッフがバディとなっており、フェローが中でカテーテルを握り、スタッフが操作室でラボを操作しながらフェローに指導をしています。また、ほぼ毎日フェローを対象としたカンファレンス(デバイス心電図、EPSの心内心電図、リサーチ)やレクチャーが行われ、基本的にカンファレンスにはスタッフやフェロー全員が参加します。中でも毎週行われるEPSのカンファレンスはとても熱く、フェローの一人が “That is an entertainment.” と表現するほど、毎週激しく意見が飛び交いながら、一症例の心内心電図をスポットします。基本的にはEPSの流れに沿って、出てきた心内心電図所見の解釈を、フェローがその場で口頭にて答え、その後、皆でそれを議論していきます。局所の電位の性状からわずかな電位間の順序や間隔の変化に至るまで、スタッフやフェロー皆で細かく議論します。珍しいSVT症例が多いこともあり、中には一症例に3週間近くかけることもありました。研究に関しても、基本的にはフェローが中心となり自分のテーマに取り組み、それをスタッフがサポートしていくようなスタイルをとっています。研究に対してはみなさん非常に寛容で、取り組むテーマによっては、複数のスタッフに師事することも可能です。
このように(他の施設との比較はしていませんが)、臨床と研究共にフェローを軸に行われている姿がラボの最大の特徴だと感じました。私自身も、クリニカルフェローと同じ様にとは言えないまでも、リサーチフェローとして、ラボに何か少しでも貢献することが出来ればと思います。
3. ボスの紹介
現在私が師事している2人のボスを紹介したいと思います。
一人目は、Edward Gerstenfeld先生 (写真 2)。現在のEPラボの主任教授であり、私のメインのボスです。フェロー全員の教育係、研究や臨床部門の統括、自身の臨床や研究に至るまで、あらゆることをorganizeしており、常に多忙を極めています。研究では、Clinical researchとpreclinical researchとしての、動物実験両者を並行して行っており、近年は特に動物実験に力を入れています。これまでの研究スタイルとしては、日常臨床で感じた素朴な疑問をまずは動物実験で検証、そこで得られた知見を元に、今度は更なる動物実験、また臨床研究に応用、発展させていきます。一つのテーマに対し、次々と湧いてくる疑問(口癖は”My question is”)を動物実験と臨床研究を並行しながら、解決していき、病態を徐々に明らかにしてく姿はある意味、”理想的な研究の姿 ” なのではないかと思います。Gerstenfeld先生の研究は壮大で、時間もかかる分、得られる結果もやはりインパクトがあります。一方、これまで私がして来た研究は、ついつい目の前の容易に得られる結果を求めてしまっていたことを気づかされます。そのため、Gerstenfeld先生と議論をしていて、自分が恥ずかしくなることも多くあります。”理想的な研究の姿 ” を日本でそのまま継続していくことは、中々難しいかと思いますが、何か今後につながるヒントを得ることが出来ればと考えています。
二人目は、Melvin Scheinman先生 (写真 3)。世界で初めてDC ablationを行ない、EP界の発展に長きに渡り貢献されて来た生きる伝説と言われている方です。80歳近い今も、心臓電気生理に対する情熱は全く衰えていません(むしろ誰よりも熱いものを感じます)。一症例一症例をとても大切にされ、一つの現象、たった一つの電位でさえも、真摯に向き合う姿から、多くのことを学ばせて頂いています。フェローの教育にとても力を入れており、毎週フェローを対象に心電図の講義を開催してくださるだけでなく、留学開始当初から ”面白い症例があるからカテ室に見に行かないか?面白い心内心電図があるから一緒に見てみないか?回診に行くからついてくる?” などと私のような肩身の狭いリサーチフェローに対しても、気軽に声をかけてくださいます。私の中で最も印象的だったのは、Scheinman先生の電位の解釈とは、異なる解釈を私が抱き、勇気を出してぶつけてみた時のことです。普通なら生意気と思われたり、それは違うと訂正されてもおかしくないにも関わらず、 私の解釈を受け入れ”Sorry”と”Thank you” とまで言ってくださいました。どんなに有名であっても、どんなに歳を重ねても、いつでも病気や周りに対して、分け隔てなく誠実に謙虚に向き合える姿に、とても感銘を受け、それこそが”理想的な医師の姿” ではないかと感じました。先述したフェローを大切にするラボの特徴は、Scheinman先生そのものであり、長年大切にされてきたことが反映されているのだと感じています。
4. 同僚の紹介
ラボの同僚であり、多くの時間を共に過ごしているSungil先生(写真 4)を紹介します。彼は、1年ほど前に韓国の釜山から私と同じくリサーチフェローとして来ました。とても気さくで寛大であり、ラボでのセットアップから、日々の過ごし方に至るまで色々なことを、私に快く教えてくれました。彼とは同じ様な境遇だからこそ共有できる留学生活の厳しさ、悔しさ、喜びなどがあり大切な戦友と言えます。隣国とは言え母語が異なるため、私たちの会話は英語です。Native speakerとの英語はまだまだ臆してしまうところがありますが、Sungil先生との会話のお陰で英語のoutputに対する恐怖心が少しずつ克服出来ている気がします。
5. 最後に
そんなラボでの格闘の日々が、ようやく始まりました。ちょっとしたことに一喜一憂しながら、というより今はまだ95%は厳しい状況で、残りの5%に小さな喜びを感じている日々です。ただ留学開始時の3ヶ月に及ぶ苦しいロックダウン生活があったので、当たり前のようにラボに毎日通える日々に心から感謝できている気がします。